Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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1877-01-01から1年間の記事一覧

クララの明治日記超訳版特別編−クララのとある一日(オリジナル)

【クララの明治日記 超訳版特別編−クララのとある一日】完全オリジナル 1877年○月△日 □曜日 今日も書くべき事が一杯あって、とても全部書き切れそうにない。 日記とは素晴らしいものだ。 けれど、ハリエット・ニューウェルやアン・ジャドソンの日記を読…

クララの明治日記 超訳版第37回解説

【クララの明治日記 超訳版解説第37回】 「あれ? メイ、日本にいなかったんだ。全然気が付かなかった」 「……………………どうせ、わたくしなんて………………………」 「わぁー! ごめんごめん。泣かせるつもりはなかったんだって」 「な、泣いてなんかいませんわっ! ち…

クララの明治日記 超訳版第37回−8

1877年12月28日 金曜日 数人のお友達を今夜招いてあったので、一日中支度に追われた。 私は気分が悪くて、支度をするのが苦痛だったのだけれど、お客様がいらっしゃってからは嬉しくて元気になった。 大鳥家のおひなさん、おゆきさんの二人が四時頃…

クララの明治日記 超訳版第37回−7

1877年12月27日 木曜日 母は忙しかったのと、興奮が続いて、くたくたに疲れているので、今朝は二人で気分転換に出かけた。 五時にウィリイと私は駿河台のエマの家に招待されていたので、ツリーを見に出かけた。 ヴァーベック家では毎年三本ツリーを…

クララの明治日記 超訳版第37回−6

1877年12月26日 水曜日 クリスマスのお祭りも終わった。 次のお祭りまでの間にどんなことがあるか、神様だけがご存じだ。 クリスマスの準備でへとへとになってしまったけれど、クリスマスが終わってしまったのは残念。 私たちが朝食のテーブルについ…

クララの明治日記 超訳版第37回−5

1877年12月24日 月曜日 朝から一日掛かりで庭師が玄関、居間、食堂、表のベランダなどに飾りつけをしてくれて、クリスマスの準備が整った。 富田夫人が、笠原を手伝いに寄越してくださったが、背が高いので色々と役に立った。 矢野氏が見事な絹のハ…

クララの明治日記 超訳版第37回−4

1877年12月21日 金曜日 この間から色々のことがあったのだけど、クリスマスの準備に忙しくて、日記もつけられなかった。 クリスマスツリーを飾って、二十五人から三十人のお客様をお呼びする予定だ。 昨日ミス・ヤングマンの生徒たちが、お道さんの…

クララの明治日記 超訳版第37回−3

1877年12月14日 金曜日 母とアディと私は、シモンズ先生のための抜き打ちの誕生パーティーに出席するため横浜へ行った。 晩はヘップバン夫人の家に泊まることになって、とても楽しかった。 ヘップバン先生は、私にまるでお父様のように親切にして下…

クララの明治日記 超訳版第37回−2

1877年12月6日 木曜日 今日は感謝祭に特別のご馳走を作りたかったので、平兵衛に色々指示をして料理を作らせることにした。 なんとかお客様がいらっしゃる前にメニューが書き出され、テーブルの支度ができた。 富田氏が一着だった。 次に牧山先生、杉…

クララの明治日記 超訳版第37回−1

1877年12月5日 水曜日 先週の木曜日が都合が悪かったので、明日感謝祭をする予定。 もう六人の方たちに招待状を出し、返事を頂いている。 楠本知事は返事の代わりに通訳を使いに寄越された。 「ユウメイが無事に日本に帰ってきたから、午後遊びに来て…

クララの明治日記 超訳版第36回解説

【クララの明治日記 超訳版解説第36回】 「本日分の見所は、内国勧業博覧会の最終日の模様くらいだねー」 「日本で初めての本格的な博覧会ですわね。1867年の第2回パリ万博や1873年のウィーン万博に、明治政府の首脳や近い人物達が参加したこともあって、…

クララの明治日記 超訳版第36回−9

1877年12月1日 土曜日 母が床についているが、大分よくなった。 昨夜の事故で内蔵に障害が起きてないかと心配していたのだけれど、思ったより軽かったのは有り難い事だ。 天の神様はいつも私たちを守って下さる。 私たちは絶えず危険に曝されているの…

クララの明治日記 超訳版第36回−8

1877年11月30日 金曜日 十一月の最後の日、そして上野の博覧会の最終日だ。 ウィリイが、母とお逸と私を博覧会に連れて行くのに、ぎりぎりに帰ってきた。 博覧会場へ行く道の両側には、天皇陛下のお通りを拝もうと待っている群衆が並んでいた。 私た…

クララの明治日記 超訳版第36回−7

1877年11月29日 木曜日 二週間も休校してしまったので、昨日から学校を再開した。 食事の心配をしなくてもよくなったので、母もまた教えることができるようになった。 私は料理が下手で、母の手助けにはならなかった。 今ミルトンの最初の奥さんの「…

クララの明治日記 超訳版第36回−6

1877年11月28日 水曜日 三浦夫人が今朝女中を連れて来て下さった。 お鶴――鶴は長寿と幸せの印だ――という名の、十七、八歳の大人しそうな娘だ。 なんてロマンチックな名前なのだろう! しかし、丸い間の抜けたような顔と、半開きのひっこんだ眼は鶴の…

クララの明治日記 超訳版第36回−5

1877年11月27日 火曜日 今朝十時に私たちの救い主「平兵衛さん」が紳士のような身なりをして、人力車に一杯衣服や、箱や、おいしい料理を想像させるような台所道具を、積み込んでやって来た。 私たちの半ば飢えたような様子に驚いたのだろう。 すぐ…

クララの明治日記 超訳版第36回−4

1877年11月26日 月曜日 またしても雨の一日。 でも、家の中でしなければならない仕事が山とあるので、雨は好都合だ。 私は針刺しを仕上げて大得意。 だけど青い大きな針刺しで、私が完全に仕上げたものとしては、これが初めてだったりする。 午前中…

クララの明治日記 超訳版第36回−3

1877年11月25日 日曜日 今日はコクラン先生のお説教だったが、とても面白いためになるものだった。 いつのお説教もためになるものばかりなので、忘れないように書き留めておけたらよいのにと思う。 午後、私の生徒たちは皆来たけれど、私は彼らに教…

クララの明治日記 超訳版第36回−2

1877年11月24日 土曜日 一日中家にいてパイやケーキを焼き、クリスマスの贈り物を作った。 クリスマスがもうすぐだというのに、私たちは何も準備ができていない。 「クリスマス、楽しみですわね」 おやおさんなどの日本のお友達はしょっちゅうクリス…

クララの明治日記 超訳版第36回−1

1877年11月23日 金曜日 杉田夫人が若い女中のヤスを寄越して下さった。小綺麗な可愛い子である。 「すみません。わたし、何も出来なくって」 しきりにそう謙遜するが私たちは大助かりだ。 村田家のフランス料理の料理人が、一向に現れないのはおかし…

クララの明治日記 超訳版第35回解説

解説の前に。 11月19日分の日記の最後の所、杉田家でなされた「約束」の行く末について、この日記の翻訳者で海舟の曾孫であり、お逸のすぐ上の姉、疋田孝子さん(海舟の次女)のお孫さんの下巻の後書きから貴重な証言をご紹介。 『数年前に、娘夫婦の元に…

クララの明治日記 超訳版第35回−5

1877年11月21日 水曜日 昨夜はあまりに寒いので、母の寝床に潜り込んでやっと暖まり、気持ちよく眠った。 前からの約束で、おやおさんがおすみと音楽を習いに来られ、私たちは長いこと一緒に演奏した。 それから、母に伝言を頼まれて、ド・ボワンヴ…

クララの明治日記 超訳版第35回−4

1877年11月20日 火曜日 昨日杉田先生のお宅にいた時のことだ。 「日本人の皮膚の色である黄色は金の色だ」 武さんがそう自慢なさると、盛が一言。「銅の色でもある」 盛もなかなかやるな。私はそう思った。 父と母は種田夫妻のところに食事に招かれ…

クララの明治日記 超訳版第35回−3

1877年11月19日 月曜日 喜びや悲しみを伴って一日一日が足早に過ぎ去っていく。 私は喜びも悲しみも平静に受け止めようと心掛けている。 困難にもかかわらず、私たちは無事に毎日を送っている。新しい日記帳を始めるたびに、最初の日記帳のことを思…

クララの明治日記 超訳版第35回−2

1877年9月13日 木曜日 今日は長く記憶するに足る日だ。 日本の首都の街を、恐らく最後になると思われる葬列が通るのを見たのだ。 最後と云ったのは、文明が進めばそのようなものも消えてなくなるだろうから。 静寛院宮様は、ミカドの叔母様に当たる方…

クララの明治日記 超訳版第35回−1

1877年9月10日 月曜日 今日授業を再開して、生徒たちが皆来たがとても嬉しそうだった。 笠原さんは背中と胸に徳川家の葵の紋のついた刺し子の羽織を着て立派だった。 「旗本の家柄だから、きっと徳川公から頂いたものでしょうね」とはお逸の弁。 おや…

クララの明治日記 超訳版第34回解説

【クララの明治日記 超訳版解説第34回】 「まだ明治に入って十年も経っていないというのに、随分機智に富んだ外交官もいたものですわね」 「吉田清成公使の話ね。森有礼氏と同じく薩摩藩出身で、藩留学生という文官コースから出世していった方よ。この方は…

クララの明治日記 超訳版第34回−9

1877年9月7日 金曜日 昨日母と横浜へ行くつもりだったが、雨で取り止めたので今日行った。 とてもよく晴れた申し分なく爽快な秋の朝だった。 お昼頃暑くなってきたけれど、不快と云うほどではなかった。 同じ客車の中でミス・キダーに会い、母は話をし…

クララの明治日記 超訳版第34回−8

1877年9月4日 火曜日 一週間の気晴らしをした後、また家にすっかり落ち着いている。 梅太郎は今日まで泊まって行ったけれど、我が家に彼がいるととても楽しいと云うことが分かった。 うちもヘップバン家のように清潔で落ち着いた家にしようと思ってい…

クララの明治日記 超訳版第34回−7

1877年9月1日 土曜日 今日の午後、母と父とアディと勝家の梅太郎と私とで博覧会に行った。 行ったのは良いのだけれど、今日は入場料が三セントの日。会場はひどく混んでいた。 そしてその結果、貧しげな群衆が私たちを見物の対象にするので、極めて不…