Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

オリジナルの歴史伝奇小説から出題中の「異文化交流クイズ」外伝シーズン第9回。
今回の問題は、戦国時代に西洋から持ち込まれた鉱山の生産技術を高める「アマルガム精錬法」。これは粉末にした鉱石と『あるもの』を反応させてアマルガムを作り、更に加熱することにより金や銀を得るものですが、この方法は鎖国によりその『あるもの』が手に入らなくなったため衰退してしまいましたが、この『あるもの』とは一体なんでしょうか? という問題でした。


今週の問題は実は「フルメタル・パニック」を読んでいれば分かる問題でした。出題した後に「……アマルガムって何処かで聞いた組織名だな」と気が付いたりw
と云うことで、今週の正解は「水銀」でした。始皇帝陵の地下に水銀の海が広がっていたり、不老不死の薬「仙丹」の原料と信じられたりと、西洋での錬金術で素材にされたのと同様に、東洋でも古来よりオカルティックな話に展開を。もっとも東大寺大仏像の金鍍金は金アマルガムを大仏に塗った後、水銀を蒸発させて行う方法で行われていたようで「もう少し」発想を進めていれば、東洋独自で同じ手法に行き着いた可能性もあるのかと。
今週の正解者はIronさん、ゼノゼノさんのお二人のみでした。流石に章が進むにつれて参加者の数が減ってますね(汗)。クイズのみでも結構ですので、ご参加下さいますと幸いですm(_)m。
それでは、引き続き《幕間》縁の後半を、ご覧下さいませm(_)m。


月ノ浦は男鹿半島鄙びた一漁村だ。
中秋の名月前夜の、ほぼ満月に近い光がその港に浮かぶガレオン船の巨体を煌々と照らし出している。ガレオン船が見下ろせる断崖のそばに忠輝の控所が設けられていた。
「忠輝様、これが変顔術の一式でございます。同船する私の配下、支倉常長という者を原型にしております故、お確かめ下さい」
忠輝と三日月の最終打ち合わせが終わったのは丑の刻をまわった頃だ。
「忠輝様。五郎八には、五郎八には……なんと?」
必ず直面せねばならぬ問題であるにもかかわらず初めてだった、その話題がこの二人の間で持ち上がったのは。
「出航を見送りに行く、としか言っておらぬ。俺には……あの者の涙が耐えられぬ」
煮え切らぬ忠輝の答えに、きっと眦を吊り上げ、三日月は怒りを露わにする。
「では、何故行かれるのです? 忠輝様さえ拒まれれば殿も強硬はできぬ筈です! 殿の仰せになった忠輝様がこの国に残れば起こるであろう『危機』も仮定のものでしか!!」
「いや、兄上は俺を殺すであろうよ。命は取られぬかもしれぬが、幽閉され、折りをみて切腹させられるであろうな。どの道この国に俺の居場所はないのだ。俺という人間が生きている限り利用しようと言う人間が現れ、兄上は枕を高くして眠れぬのだからな」
淡々と事実を事実として告げる忠輝の瞳。普段は礼節と恥じらいで面と向かうことが出来ぬその瞳を、三日月は真正面から凝視する。
そこには普段と変わらぬ穏やかさが広がっている。永遠に陽の光の届かぬ地底湖のごとく、さざ波一つたってはいない。
だが三日月はそこに浮かぶものの「正体」を唐突に悟った。
忠輝の瞳に浮かぶのは諦念だ。この世の全てに対して諦めの境地に達し、己の置かれた運命に対する抵抗を放棄したの人間の瞳だ。
それが三日月にとって堪らなく……。
至近距離から飛来した銀光を忠輝は無造作とも思える動きで掴み取る。
一瞬の時間差で襲いかかった第二撃を、掴み取った棒手裏剣で弾き落とし、襲撃者の斬撃の死角となる左手側に間合いを一気に詰め潜り込む。次の瞬間、忠輝の額につきつけられていたのは銃身の短い馬上筒の銃口だ。恐るべき迅さで既に火縄は点火され、撃鉄も上がっている。


しかし……いつまで経っても銃声は響き渡らない。
更に踏み込んだ忠輝が銃身の手許にある火皿、つまり起火薬の持った部分をその指で塞いでしまったからだ。これでは火縄が落とされても銃腔内の弾丸に引火しない。
「右腕から放つ棒手裏剣、一瞬の時間差をおいての二連に、左腕に隠し持った馬上筒の一撃。良い攻撃だが、その装束では左手袖の馬上筒を完全に隠すのは難しいな。確実を期するならこのような場合、別の装束にするがよい」
必殺の連撃を、いとも簡単に、眉一つ動かさず忠輝はかわす。
力尽きたかのように三日月は……その場に膝から崩れ落ちる。そして虚ろな眼のまま、壁に向かって呟くようにその想いを全て吐き出していく。
「……何故その力を使われませぬ。忠輝様の真の力を発揮されれば如何なる武芸者も太刀打ちできますまい。家康公の御子息は数多くともイスパニアの言葉を自在に操り、この世界の中で日本という国が置かれている状況を正確に把握しておられる方は忠輝様をおいて他ありませぬ。忠輝様の器量と比べれば父上でさえ遠く及ばぬのに。それなのに何故天下を握ろうとされませぬ。いえ、別に天下なんてどうだっていい。どうして五郎八を、五郎八のことを想って下さいませぬ。私は、私はあの子と忠輝様の為だけに……」
忠輝は無言で三日月を抱きしめ、その耳元で囁くように告げる。
「……済まぬ、三日月。五郎八の、いや、キリシタンの教えのせいかな、俺は、俺は誰も傷つけたくなかったのだ。誰よりも俺が傷つけられてきた人間だから。だが……済まぬ。そんな俺の態度が誰よりも大切なお前たちを傷つけていたんだな」
「ただ……てる……さま……」
子供のように泣きじゃくる三日月を、忠輝は更に強く強く抱きしめた……。


東の空が白々と明るくなっていく。長い長い一夜が明けた。
「忠輝さま」
「ん? どうした?」
忠輝の腕を枕にしていた三日月は、顔を上げると忠輝の唇を素早く彼女の唇で覆う。二人の舌が絡み合う。その舌と舌の間隙を縫い、三日月の唇から忠輝の口内に小さな固形物が送り込まれていく。不意をつかれた忠輝は反射的に燕下してしまう。
「な、何をした、三日月!?」
「ただの眠り薬です。もっとも少々効き目が強うございます。お目覚めになられた後も幾分か頭痛が残るとは思いますが……どうかお許し下さいませ」
「三日月、お主は……」
早くも薬が効いてきたらしく、忠輝はその場に崩れ落ちる。
「生きて下さい、忠輝様。そして五郎八との間に……。いつの日にか――恐らく私ではないでしょうが私の心を背負った者が――必ずお二人の子孫の元に会いに参ります……」
忠輝の瞳に最後に映ったのは、三日月の震える小さな背中のみだった……。

三日月の覚悟は既に決まっていた。入れ替わりのタイミングも図ってある。そっくり忠輝と立場を入れ替えるだけだから、乗り込むところまではさほど問題はない。
問題は……如何にソテーロ師に気づかれずに現地での使命を果たすか、だ。
「姉上!」
三日月は全身を硬直させる。それはこの場にいる筈のない人間の声だ。
「……五郎八」
振り返った三日月の視線の先には、彼女そっくりの顔をした少女の姿。その表情はくしゃくしゃになってはいるものの、その真っ直ぐな瞳には一点の曇りもない。三日月はそんな五郎八とまともに顔を合わせられない。咄嗟に目を伏せる。自分を全面的に信頼する妹を裏切ったという意識が、傷ついた三日月の心を更に切り刻む。
「姉上、行かないで!」
三日月に抱きついた五郎八は、叫ぶように言い募る。
「どうしてそれを!?」
流石の三日月も呆然として、それしか言葉が出てこない。
「分かるわよ、あたしたち双子じゃない! ゴメンね、あたし全部知ってたの。父上と長安の計画も、それに……姉上も忠輝様が好きだってことも」「!!」
「でも楽しかったの、忠輝様と姉上とあたしが仲良く過ごせる今の関係が。だから言えなかったの。ゴメンね、ゴメンね……」
昨夜とそっくり立場が入れ替わっていた。泣きじゃくる五郎八の頭を三日月は優しく撫でる。アイリーンが落ち着いてきたのを見計らと、懐から黄金作りの鞘を伴った刀を取り出す。しばらく妹の顔を見つめていた三日月は、五郎八の肩に両手を置き、距離を取る。妹の眼前で如月を鞘から抜いた三日月は、己が左手の親指を傷つけると、そこから流れる鮮血を刀身へと垂らす。
「五郎八」
三日月の口調はどこまでも穏やかだ。その呼びかけに無言で差し出された五郎八の左手。その親指を傷つけると、今度は黄金の龍の巻き付いた如月の鞘にその血を零す。
「血の盟約、よ。これがこの剣に託されたという真の力。私だって未だに全面的に信じているわけじゃないけれど……」
迷うようにそれだけ呟くと、眼に全ての強い意志を籠める。そして一転して全てを吹っ切るような強い口調で彼女の“遺言”を告げる。
「五郎八、この剣を、如月をよく覚えておきなさい。そして貴女と忠輝様との間に何時か生まれるであろう子供に語り継ぎなさい。ソテーロ師と私が見つけた奥州藤原氏の黄金への鍵が、この剣よ。
間もなくこの国は閉ざされる。戦の無くなったこの国は他国と関わらずに生きていけるから。母親の手に抱かれた子供のままでいられるから。キリシタンの禁令は口実でしかない。それは百年後かも、二百年後かもしれないけれど、また何時の日にか開かれる日が来る。人も国も何時までも子供ではいられないから。
そのときに必ず私の心を持った者がこの“如月”とともに忠輝様とアンタの子孫に前に現れるわ。その日が来たら、この国が、この国に住む人間が大人になるためにコレを使いなさい」
「……姉上?」
当惑したような五郎八の呟きが合図となった。
「さよならよ、五郎八」
「姉上!?」
三日月の掌底を腹部に貰った五郎八は倒れるようにその場に崩れ落ちた……。


スペインの援軍は遂にやって来なかった。その後、この国で起こった事態は事前に正宗と忠輝が予想した通りのものだった。
大坂夏の陣で豊臣家が滅び、翌年の家康の死の直後、忠輝は殆ど言いがかりのような罪で流罪となる。忠輝二五歳の時のことだ。忠輝を危険視した兄、秀忠の陰謀であることは明白だった。以降、彼は転々と配所を変えながら、将軍綱吉の時代に至るまで、なんと九二歳まで生きた。その配流期間は実に六七年にわたる。
忠輝の流罪直後、五郎八姫は無理矢理離縁させられ、父正宗の元へ戻った。丁度そのとき五郎八は忠輝との子を身籠もっていた。
しかしこの子は炸裂弾だった。忠輝は無力化したものの、家康と政宗の実の孫なのだ。謀反の旗印にこれほど最適な人物はそうはいない。
正宗は一計を案じ、お腹の中の子を流産を装い、匿った。それは使い捨てにした忠輝に対するせめてもの贖罪だったのかも知れない。産まれた子は女子だった。
五郎八は彼女に“十六夜”という名を贈った。無論、姉三日月の名にちなんでの名だ。
元和六年、支倉常長が七年振りに仙台へと戻ってきた。処刑を覚悟しての帰国だ。
だが、彼には命を懸けても伝える使命があった。そう、常長は三日月の五郎八に対する最後の伝言と“ある事実”を告げるためだけ帰ってきたのだ。
『闇の日輪、中空に輝きし時 御剣、約束の地に降りたち、主の血を吸わん。されば、真の主蘇り、大いなる栄光を与えん』
後年これがソテーロの言葉と伝えられたのは三日月の名が禁忌だったからだ。後事を常長に任せた三日月は、如月を託したスペイン王女アンヌ・ドートリッシュとともに如月の監視者としてフランスへと赴いた。その三日月の腕の中には女の赤ん坊の姿があった……。
一方、帰国の際に伴った常長とイスパニア人との子は隠里に庇護された。五郎八直系の女性が嗣ぐ村長は“十六夜”の名を受け継ぎ、常長の子孫は村の警護長となる。
帰路、常長と別行動をとったソテーロは入国禁止命令に逆らい、九州に秘かに潜入したものの囚われ、過酷な拷問にさらされた。だが遂に寛永元年、長崎大村湾に臨んだ刑場で焚刑に処せられる瞬間まで、埋蔵金について何一つ漏らさぬまま“殉教の栄誉”に浴した。
そして正宗が死に、キリシタンに対する詮議が厳しくなった寛永一三年、五郎八は下愛子村に隠棲し、そこで生涯を終える。
愛子村はキリシタンの隠里となった。姫の建立による薬師堂の堂内には、薬師如来像と地蔵菩薩像が安置され、その陰には更に二体の小さな木造が置かれた。
その一体の木像の下腹部には膨らみがあった。それは姉三日月と忠輝との間に生まれ、異国の地で如月と供に歩む運命を追わされた、彼女にとっての姪であり、娘同然のその子の無事を祈る意味の籠められた像だった……。


「……ということだそうです」
陽は既に昇っていた。洞窟の天井の亀裂から朝の光が射し込んでくる。三人と一匹は十六夜の“昔語り”に耳を傾けていた。しばし覆った沈黙をうち破るかのように、シンイチが軽い口調で問う。
「アイリーンさん、採点は?」
「五十点!」
間髪入れず、辛辣なアイリーンの採点が返ってくる。
「そんな男、嫌い! あたしの書く物語にそんな軟弱な主人公は必要ない! そもそもそんな男に惚れる女の子の気持ちも分かんない!! だいたい、なに《自分の居場所》? 自分の居場所なんて誰かに与えて貰うもんじゃないでしょ! 大の大人なんだから、自分の足で立てるんでしょ? だったら……自分の居場所くらい、自分で掴み取りなさいよ!」
立ち上がり、腰に手を当てて、胸を昂然と反らしてアイリーンは告げる。その言葉を聞くや、“今代の十六夜”は笑い出した。
「なるほど『自分の居場所は自分で掴む』か。二十年前に同じ言葉を残して村を飛び出していった子がいたね。確かに三日月様の仰られた通りだ。二五〇年振りの開国で、この国も、人も子供のままでいることはできなくなったということをその娘も本能で知っていたのね。そして預言通り、如月を持った三日月様の心を継ぐ者が現れ、それととも現れたのが……」
十六夜の言葉が終わらぬうちに銃声が迸り……胸を撃ち抜かれた十六夜がスローモーションのように崩れ落ちる。
ゼルファは飛び退きながら岩陰に隠れ、銃弾の放たれた方角へ向け、ピースメーカーを連射する。アイリーンとシンイチは倒れ伏した十六夜の傍らに駆け寄るが、もう手の施しようがなかった。十六夜の傷は……一目で分かる致命傷だ。
「少し、お喋りが、過ぎたかな……」
十六夜は自嘲気味に呟く。
「私に構わず、行くがよい。後はお主たち三人の血が導いてくれる筈だ」
アイリーンは胸から溢れ出る血を押し止めようと、羽織っていた上着を脱ぎ、必死に血止めを施そうとする。
「私は使命を果たして死んでいくのだ。その邪魔をするでない」
死が目前に迫った人間とは思えぬ穏やかさで十六夜はアイリーンを諭す。
「心残りはない。それに私にはまだなさねばならぬ仕事があるのだ。さあ、行くがよい、そなたたちが出ていかねば最後の仕事が果たせぬ」
「アイリーン!」
ゼルファの叫びに応じ、シンイチがアイリーンに飛びつく。
「放しなさい!」
シンイチは万力のような力強さで少女を引きずるように連れ出す。
その光景を満足げに確認した十六夜は、最期の力を振り絞り、木像の置かれていた石の祭壇の傍らに隠された絡繰に手を掛ける。
起動した絡繰はその広間全体を揺り動かし、その空間を崩壊させた……。
(次回、第7章「龍泉」に続く)