Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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オリジナルの歴史伝奇小説から出題中の「異文化交流クイズ」外伝シーズン第10回。
ゼルファたちは遂に埋蔵金の元に辿り着きますが……。


《第7章》龍泉
1.
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
私は乱れた息を必死に整える。曲がりくねった洞窟が形作る通路は人が二人並んで通れるほどの幅しかない。
五〇ヤードも行かぬうちにまたもや分岐点が現れる。当初は頭の中でイメージ図を描きながら進んでいたのだけれども、行けども行けども現れる無数の分岐点と「度重なる妨害」で脳裏の地図は跡形もなく雲散霧消してしまっている。
私たちの行く手を照らすのは手元の頼りないランプの光だけだ。そのランプも油が切れてきたらしく、私たちの運命を暗示するかのように、先程から明滅を繰り返す。
「ほら、姉上。こっちこっち!」
先頭を歩くシンイチはおろか、ほんの数フィート先を進むアイリーンの姿さえおぼつかない。
「ちょ、ちょっと待ちなさい……って、うわぁっ!」
支えにしようと手をついた岩壁がつるりと滑り、態勢が崩れる。足で踏ん張ろうとするが今度は服の裾を踏みつけ、尻餅をついてしまう。
この長大な鍾乳洞に人の手が入っていることは明らかだ。
よく観察すると、鍾乳石やフローストーンの至る所に傷つけられた跡があるし、それ以前に自然のままでこれほどの長さを確保できるわけがないからだ。どうやら幾つもの鍾乳洞を人工的に繋げたものらしい。
「これでは大量のモノを運び込むなんて無理よねー」
龍の体内のようにうねり波打つ洞窟。その最も狭いところをくねるように抜け出したところに現れた広間で一息つくなり、残念そうにアイリーンが呟く。
その声はいつもと変わらず明るいけれど、微妙な翳りがある。だけどそれには敢えて触れない。この娘は妙に意地っ張りなところがあるからだ。
「ですが、奥州で取れる金は砂金が主ですから、分散して運び込めばある程度纏まった量の黄金を埋蔵することは不可能ではない、と思いますが?」
先頭のシンイチが振り返って敢えて反対意見を屈託なく表明してみせる。
「それにしてもよ……って、なんで当たり前のような顔をして埋蔵金の話をしているの!?」「だってこれまでの経緯からすれば自明のことじゃないですか? それに……」
「……それに、私の手許の報告書を盗み見れば?」
私は投げやりな口調で吐き捨てる。
「はい!」
何の衒いもないシンイチの瞳に、漆黒の闇に浮かぶ灯火が反射して輝いた。


洞窟の中は基本的に光のまったく届かない暗闇だ。闇夜の屋外であれば目が慣れるということがあるけれど、光源が全くない洞窟の中では目が慣れることはない。
休憩後はまず私が先頭に立つべく、腰を上げる。
「姉上! ストップ!!」
動物的な危機察知能力を持つアイリーンの鋭い声。私は数歩も進まぬうちに反射的に足を止める。
「動いちゃダメよ」そう言って石筍の欠片を取り上げると、私の前方、五フィートほどのところ目がけて投げつける。闇の中、鈍い衝撃音が鼓膜を震わせる。
「な、なに?」その反射的問いかけに、妹は嬉しそうに答える。
ブービートラップ。凄いよね、二五〇年以上前に仕掛けられた火薬付きのトラップが、こんな湿気の多い環境下で生きてるなんて!」
私はこめかみに指を当てて頭痛に耐える。先程から私たちの進路に立ち塞っているのはこの病的なほど周到なトラップの連続だ。
目眩のため、よろよろとふらめくように前に二、三歩、踏み出してしまう。
「マスター、駄目ですッ!」
「エッ?」
私の頬に何か触れたと思った次の瞬間、背後からカペが全力でぶちかましをくれた。鼻から先に鍾乳石に突っ込んでしまう。
「何すんのよ、アンタはっ!?」
転んだ姿勢のまま鼻を押さえて怒鳴りつけようとした私の眼前を、船の錨の形に似た巨大な刃が通過していく。……立ったままの姿勢でいたら、まっぷたつにされていた筈だ。
「これ、ですか」シンイチは呟きながら細くて長い糸を摘み上げてみせる。御丁寧に糸の色は漆黒に染められている。
「これはトラップというより……」
私は大きな溜息とともに、吐き出すように呟く。
「性質の悪い、ただの嫌がらせみたいに思えるんだけど……」


夏とはいえ、鍾乳洞内の気温はかなり低い。更に足下を流れる地下水は私たちの身体から体温を奪う。高低差がある洞穴の主洞の幅は十フィートほどだが、ほぼ南北方向に延びているらしい。支洞らしきものは格子目状に広がり、まさに迷宮の様相を呈している。
その迷路をシンイチは迷いのない歩調で進む。あっさりと罠を解除していくその手際は、見事というよりむしろ胡散臭くさえある。
私はなんだか急に馬鹿馬鹿しくなってきた。
「アンタ、いい加減に正体を現したらどう?」
面倒な腹のさぐり合いをやめ、私は単刀直入に切り出す。
「正体って何のお話です? ボクはしがない通訳兼召使いに過ぎませんよ」
いつもの飄々とした口調。その纏う雰囲気が、何の躊躇いもなく嘘八百を並べられる“あの男”に憎らしいほど似ているのに、私はようやく気付いた。
「もういい加減にしなさい!」私は癇癪を破裂させる。
「私たちがあの隠里に、しかもアヤシゲな預言によって“約束された”まさにその日に、辿り着いたのが偶然だって言うの? この迷宮を迷いもせず進んでいけるのも? 
だいたい最初から隠すつもりなんてないんでしょ? わざわざ隠里に入る前の晩に私たちに予備知識を与えたり、アンタの母親がこの地域の出身だなんて言ったり! どう考えたって、アンタと十六夜は……」
「まあまあ、姉上、落ち着いて」
アイリーンが無意味に嬉しそうに割り込んでくる。
「こういう謎は最後まで取っておいた方が読者ウケするんだって!」
「まだ今回の一件を発表するつもりっ!?」
頭痛に耐えてアイリーンを怒鳴りつける。
「だって! こんなにおいしいネタをみすみす見逃すなんて、私の作家魂が許さないわ!」
「ア、アンタねぇっ!?」
私たちの前を無言で歩いていたシンイチが不意に立ち止まる。
「到着です、旅の終着点、龍泉洞に」
シンイチは心弾む口調で、前方の空間を指さした。


2.
ゼルファはそこに広がる空間を見渡した。
ずっと狭い洞穴を歩いてきた心理的影響からか、その空間が無限の広がりを持つかのように思われた。高い天井からは無数の鍾乳石がつららのように垂れ下がる。床から上に伸びる石筍は四フィート以上のものもある。
空間の奥に向け踏み出した足下で、ピシャリと水が跳ねる。その音でゼルファはようやく広大な空間の正体に気付いた。最後の残り油を継ぎ足し、ランプを前方に突き出す。
そこには……幻想的なエメラルドグリーンの湖水をたたえた巨大な地底湖が広がっていた。
誰もが歓声をあげるのを忘れ、この世ならざるその美しさに言葉を失ってしまう。
「マスター」
シンイチの遠慮がちな呼びかけで我に返ったゼルファは、少年が更に指さす方向にランプを向ける。射し込まれた光が、恐ろしいほどの透明度を誇る地底湖の底で反射して拡散する。ランプの光を反射したそれは……金色の輝きを放っていた。
「これが黄金の国ジパングの秘宝……」
湖底で金色の輝きを放っていたのは黄金の鷲の像だ。
目を凝らして更に凝視したゼルファは、その像が如月の柄頭についた黄金の鷲の彫刻にそっくりであること気付く。
「鞘に巻き付いた金色の竜の意匠に、柄頭の黄金の鷲。龍泉洞と呼ばれる洞窟に隠された埋蔵金の正体がこれとは何の捻りもないわね」
「ねえねえ、姉上! アレ、どれくらいの大きさがあるのかな?」
妙に醒めたゼルファとは対照的に、アイリーンの声は興奮を抑え切れぬように弾む。
「だいたい全長全高ともに五フィートくらい、ってところかしら?」
「な〜んだ、そんなにちっちゃいんだ」
露骨に残念そうにアイリーンは言うが、この黄金像の全てが純金、もしくはそれに近い純度ならば、莫大な価値がある筈だ。それでも……と、内心の落胆を隠せず、ゼルファは唇をきりきりと噛み締める。
「伝説なんてものは所詮こんなもの。今回はあっただけマシと考えるべきだろうけれど」自身を納得させるように言うと、いま彼女たちが来た方に身体を向けた。
「そろそろ出てきたらどう? これくらいで茶番劇は終わりにしましょうか? メルメ・デ・カションに、その従者さん?」
入口脇の巨大なフローストーンの傍らから格段に強い灯りが漏れ輝く。
エメラルドグリーンの湖面に巨大な影が伸びる。
青いフランス陸軍の軍服を纏った目つきの鋭い侍のかざすランプに照らされ現れたのは、ロココ調の服で身を構えた初老のフランス人だ。
「カション。アンタに残された選択肢は二つ。一つは今ここで見たことを全て忘れ、年相応の穏やかな余生を過ごす。もう一つはこのナポレオン三世が最期に見た妄執の結晶。それを三世への冥途の土産話にする。そのいずれかよ」
ゼルファの誠意の欠片もない忠告はあっさり無視された。
地底湖の底に眠る金色の鷲を、水際から覗き込んだカションは、満足げに頷きながら口を開く。
「半信半疑であったが、本当に実在するとはな。アンヌ・ドートリッシュ様から“世界の運命を揺り動かす秘宝”と伝えられた割にはささやかなものだが、我らが主シャンポール伯が正統なフランス国王であることを満天下に知らしめる丁度良い小道具となろう。
しかし……」
そこで言葉を切ったカションはゼルファの深く大きな瞳を興味深げに覗き込む。
その反応はヘボン博士邸で見せたパークス公使と瓜二つだ。
「もう気付いているだろう? 我々に如月の行方を教え、あの隠里の存在を教え、埋蔵金の在処までの水先案内人を務めさせるように提案したのが、君たちの父親だということを」
「私には父親なんていない!」
間髪を入れず、きっぱりと言い切ってから、ゼルファは急にしまったという表情を作る。ゼルファの視線の先には、溢れそうになる涙を必死に堪えるアイリーンの顔。
周囲に歯軋りが聞こえるほど奥歯を強く噛み締めながら妹に近づくと、すっと頸動脈に手を伸ばす。
アイリーンは子供がいやいやするように首を振るが、金縛りにあったようにその脚は一歩も動かない。呆気なく気を失ったアイリーンをシンイチが後ろから抱き留め、入口の方まで引きずっていく。打ち合わせたかのような手際の良さだ。
この奇妙な光景に少し怪訝な表情を見せたものの、目的を九割方達成し上機嫌のカションは更に続ける。
「麗しき姉妹愛と言ったところか。良かろう。後で彼女にも後をすぐ追わせてやる。
しかし、離れていても流石は父親というべきだな。君たちの行動予測は殆どあの男の言葉通りだったよ。いま私の傍らにいるこの男以外に私に手駒がないと知ると、あの隠里の邪教を信じる異教徒どもを私に紹介さえした。もっともまさかあの村自体に、ここへの通路が隠されているとは思わなかったが。邪教徒どもの神殿なぞ、入るのも穢らわしかったからな」
敬虔ではあるが、寛容さに欠けると評されたこの神父らしい台詞。
怒りの奔流が渦巻くゼルファの脳裏に浮かぶジグソーパズル。その空白部に更に欠片が埋められていく。
「しかし、君の父親は本当におかしな男だな。金を掴まされたわけでもなく、女に溺れたわけでもなく、特定の思想に傾倒したわけでもない。にもかかわらず、己の所属していた組織を、自らの祖国さえをも裏切り、果ては自分の娘でさえ平然と道具にするのだから」
「アンタなんかには分からないわよ」
まくしたてるような口調がゼルファに冷静さを取り戻させた。
彼女は混沌の渦の底から再構築されたような、作り物めいた笑顔を浮かべる。
「……分かるわけがないわよ。認めたくはないけれど、あの男の血の半分を引き継いでいる私でさえ分からないんだから。ただカション、アンタの認識は根本から間違っているわ。
あの男は誰も裏切ったりしないし、同時にこの世界の全てを裏切っている。あの男は誰も憎しんだりしないし、同時にこの世界の全てを憎んでいる。あの男は誰も愛したりはしないし、同時にこの世界の全てを愛している」
「…………何を言っている?」
カションは正気を疑うような目つきで、謎めいた言葉を紡ぐ少女を気味悪げに眺める。
ゼルファは軽く首を振り、いま起こっている事態をカションの理解可能な範疇まで引き下げてやる。
「そんな下らない話はどうでもいいわ。いずれにしろ、とっとと東京のシャノワーヌ参謀大尉殿に御注進する事ね。“こちらの一件”は私の専任だと伝えるのを忘れないように。もっとも時期的に間に合うとは思えないけど」
「き、貴様っ! な、何故それを?」
シャノワーヌ参謀大尉という名に、カションは激しく動揺する。顔からみるみるうちに血の気が失せ、蒼白となっていく。
シャルル・シュルビス・シャノワーヌはサン・ルーシ陸軍士官学校主席卒業のエリート士官だ。かつて幕府の要望で軍事顧問として来日し、歩兵、砲兵、騎兵のいわゆる三兵教練指導に当たった、自他共に認めるフランス陸軍若手随一の切れ者だ。
後年陰謀家として知られることになるこの男は、後にフランスのみならずヨーロッパ全土を震撼させることになるドレフェス事件に際し、政争の坩堝と化したフランス政界において陸軍大臣を務めることになる。
しかし、それはまだ二〇年以上も先の話だ……。 
「まさかあれだけ派手に動いて気付かれていないとでも思ったの? パークス公使は当然気付いて動き出していたし、この国が持つ独自の諜報機関――パークス公使ですらその実態はまだ完全に掴み切れていないようだけれど――まで、私が東京を離れる時点で事態の収拾に乗り出していたみたいよ。
だいたい気付いていないの? 今回のアンタの“重要な任務”とやらが目眩ましの為のただの“囮”だってことに?」
「……?」
カションは不得要領な顔をする。ゼルファは大きな溜息を吐き出しながら、彼の置かれた立場を説明してやる。
「やっぱり分かってなかったわね。そうよね、貴方に今の任務を命じたのは参謀大尉殿はそんな風に伝えてないわよね? 貴方の任務は今回の作戦の両翼を担う極めて重大なものの筈だものね。
アイツにしてみれば、囮に引っかかったのが私だけなんて予想外だったでしょうね。東京での計画発覚を少しでも遅らせる為に、もう少し人員をこちらに張り付けさせる為に、アンタに与えたのが今回の任務だった、というのが今回の“お伽噺”の正体よ。
大体、貴方、本気で信じていたの? “黄金の国ジパングの秘宝”なんて」
呆然と立ち尽くすカションに、ゼルファの言葉が突き刺さる。
だが茶化すようなゼルファのその物言いは、同時に自分自身に対する自嘲でもある。そのやり口に反発しながらも、結局は巨大な国際謀略の歯車の一つでしかない自身への苛立ち……。
「いずれにせよ、アンタが囮であろうとなかろうと、この状況におけるアンタの立場が変わるわけじゃない。
さて、無駄話はこれくらいにしましょうか。そこの機械仕掛けのような殺し屋さんは退屈に耐えかねているようだしね!」
(第7章後半に続く)


さて章の途中ですが、閑話休題
今回の舞台となった鍾乳洞(のモデル)は岩手県に実在するものであり、その名を「龍泉洞」と云います。総距離数は全長は2.5km以上あり、5km以上あると推測されているものの、実際には三十年以上前に洞窟探検家が潜水事故を起こして以来調査されていないため、未だ全貌は不明だったりします。龍泉洞の水は世界でも有数の透明度を誇っていることでも有名だそうで、それで今回の物語シチュエーションを思いついたり。
そして見つかった黄金ですが、物語に書いた通り、日本では金は主に砂金から取っていました。と云うことで、採取自体はひどく簡易だったのですが、当然の事ながら人出は膨らみ、かつ採算性がさほど高いとも思えない(江戸期の記録で千名の坑夫の一ヶ月の働きで上納される金は、精々60両分とあったりします)、という不可思議なシチュエーションが生まれるため、今日では「奥州藤原氏は“何処から”莫大な黄金を手にしていたのか?」という問題も提起されるくらいで。
そんな中、1981年に鉱脈が発見された鉱山が、その答えの「可能性の一つ」を指し示してくれるのですが……というところで、今週のクエスチョン。
金は地球全体の地殻内に広く分布し、海水中の中にさえ含まれているのですが、従来纏まって金が取れるほどの鉱脈は、6500万年前から200万年前までの新生代第三紀に出来た層のみだと考えられていました。これに対し、その金山の地層は90万年前くらい前の新生代第四紀の新しい地層で発見されました。しかも鉱石に含まれる金濃度が桁外れに高い、ということでそれ以降、日本の各地で鉱山探しが行われ、事実発掘までこぎ着けたものは少ないものの、確実に存在していることは確認されています。
この鉱山発見現場には、我々が観光でお馴染みの“あるもの”がそばにある地域が多いのですが、その“あるもの”とは一体なんでしょう?
回答は木曜日の22時まで、web拍手にてお待ちしています。第7章後半は木曜日の解答発表時にアップします。
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