Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

オリジナルの歴史伝奇小説から出題中の「異文化交流クイズ」外伝シーズン最終回の第12回。エピローグです。


《エピローグ》桜
「うわぁっ、綺麗っ!」
桜吹雪舞う並木をくぐるアイリーンの眼からは滂沱の涙がとめどなくあふれだす。
桜色の着物を纏ったアイリーンは、桜の精霊と輪舞するかのように歩いていく。
彼女の髪は襟足のところまでばっさり短く刈り揃えられていた。横浜に戻ってきたその日、アイリーンは自慢だった亜麻色の長髪をばっさり切っていた。
……ホントこの娘はすぐに泣くわね。
心の中でやれやれと呟いたゼルファだったが、言葉になったのはたった一言でしかない。
「ホント‥‥綺麗ね」
ゼルファの頬からも、一筋の涙が零れ落ちる。
春三月下旬のある日、二人は東京郊外の染井村にやってきていた。
染井村は村全体が多くの苗木園で網羅された巨大な樹木供給センターだ。
平取での事件後、三ヶ月以上函館の領事館に足止めされていた二人は、先日ようやく解放された。二人は解放された日のうちにイギリス商船に便乗し、帰り着くなり横浜のヘボン邸に居を据えた。
表面上はいつもと変わらず明るく振る舞っていたアイリーンだったが、やはり精神的衝撃は大きく、いつの間にか鬱ぎ込んでいることがたびたび見受けられた。
そんなアイリーンを見かね、染井村を訪れることを勧めたのは博士だ。最初は乗り気ではなかったアイリーンだったが、博士の熱心な勧めでやっと外出を承知したのだ。


そこには圧倒的な「生」が満ち「死」が溢れていた。
何故だか分からぬまま涙を流し続けるゼルファ。
だけど同時に、そんな彼女をもう一人の醒めきったゼルファが観察している。
この美しさは魔性のものだ。この美しさこそ“この世ならざるもの”だ。
強いて言えば、どこまでも底のない真っ白の、虚無の美しさ。
この美しさに包み込まれたが最後、その至福から永遠に抜け出すことは叶うまい。この美しさのためなら、たった一人で、そのたった一瞬のために世界と立ち向かい、たった一人で、この世に一欠片の未練も持たず、散っていくことを何人も厭うまい。
如月に刻み込まれた歌の文句と、シンイチから聞いた歌の作者の生涯に思いを致す。
「願はくば 花の下にて 春死なむ その如月の 望月のころ」
この歌の作者、西行はしばし奥州藤原氏の元を訪れ、戦乱で荒れ果てたこの国の社寺に対する復興資金を募ったという。
如月に西行の歌を刻み込んだ人物は彼とどこかで繋がりがあったことは疑いないだろう。その人物は知っていたのだろうか、あの黄金の存在を?
そして望み通り、西行は桜の満開の時期に死んだ……。
危険だな、と“Pax”としてのゼルファは思う。
この魔性の花は、その散り際があまりにも潔すぎた。死への羨望があまりにも強すぎた。一年の大半の艱難辛苦を堪え忍び、ほんの一週間の間だけ何ものにも勝る美しさを咲き誇らし、呆気ないほど潔く散っていく。
「この国は遠くない将来、必ず貴方がたの国に追いつき、そして追い越します」
ふとシンイチの口癖を思い出す。
その可能性はなきにしもあらずだ、とこれまでの旅を通して会った人々を思い浮かべ、ゼルファは考える。
この国の人間にはそれだけのポテンシャルがある。勤勉さと緻密さ、勇気と忍耐と覚悟、強い好奇心と学習意欲、そして飽くなき向上心。
しかし、とも思うのだ。
もし本当にその時がきたならば、この死の香りに囚われた国民は如何なる選択を下すのか?
恐らくその時だろう、“Lost”をこの国へと投げ込んだ“この世ならざる者”たちの意図が明らかとなるのは。
かつて世界最大の帝国を築き上げた男の正体。それが自らの国の英雄であるという“事実”が明らかになったとき……この国の政府と国民はそれをどのように受け止めるのだろう?
その“事実”を単に歴史学上の発見として捉えるのか? それとも、彼ら自身が世界へと進出し、かの地を支配するための「大義名分」として利用しようとするのだろうか?
想像と推察の糸を張り巡らせようとして……ゼルファは己の思考を打ち切った。
淡雪のように舞い散る桜の花に包まれているうちに、なんだか、もうどうでも良くなってきた。このままこの満開の桜の下で眠りにつけたら、なんて幸せなんだろう。たとえその眠りが永遠のものであっても、厭わないだろう、迷わないだろう、躊躇わないだろう……。


「こんな桜は偽物ですよ」
桜の精の魔力に囚われた二人の背後で上がったのは、飄々として掴みどころのない声。だが、その声は確かな現実を伴い、二人の鼓膜を打つ。
「いま貴女がたが眼にしているのは『ソメイヨシノ』と呼ばれる新興種です。この桜を美しいと感じるのは、葉が出る前に花が咲き揃うからでしかありません。確かにその華やかさに他に類を見なませんが、ここに植えられている桜は、全て同じ時期に咲き、同じ色の花を咲かせ、同じ時期に散っていきます。
かつて西行法師がその下で死にたいと望んだのはこんな華々しく咲き、艶やかに散る桜ではありません」
歓喜の表情を浮かべアイリーンは振り返り、着物の裾が蝶の羽根のように緩やかに舞う。
少女の視線の先には、以前よりほんの少しだけ背が伸び、顔立ちも少し大人ぽくなったものの、相変わらず粗末な和服を身につけた少年の姿が。
彼は「ま、これもある女性の言葉の受け売りなんですけどね」と照れたように呟き、なおも続ける。
「いつか自然の桜に御案内しますよ。そうすれば気付く筈です、一本一本の樹がそれぞれ個性を持っているということを。多様な樹によるえもいわれぬ風情。それが西行の望んだ桜の下での『死』です……って、うわっぷっ!?」
口上を終えると同時に、少年の身体は宙を舞っていた。
振り向きざまのゼルファの渾身の一撃を喰らったその身体は美しい楕円の軌道を描き、遙か後方へと飛んでいく。
あまりの激烈さに、シンイチの傍らにいたカペは石のように硬直し、そのまま倒れ込んでしまう。
「反省も謝罪の言葉もなく、いきなりそれかい!?」
ゼルファは拳を握りしめたまま、わななく。アイリーンが慌てて駆け寄り揺さぶるが、少年は白目を剥き伸びてしまっている。
「姉上、酷いよ!」
妹の抗議の声を遠くに聞きながら、ゼルファは荒い息を必死に整える。


「相変わらず血の気の多いお嬢さんだね」
ゼルファの背中越しに、のんびりしたその声は聞こえてくる。振り返った彼女の視線の先には、射千玉のような髪を翻らせ、黒曜石のように輝く瞳を頂いた妖艶な美女が夢幻のように佇んでいた。
「御免なさい、でも許してやって。あの子はまだ子供だから、自分の負けを、自分の未熟さを素直に認められないのよ」
「い、十六夜さん!? な、なんで……」
それ以上の言葉が出てこない。彼女はあの龍泉洞で……銃弾を胸に浴び、死んだ筈だ。
「なるほど、私が生きているのが不思議? でも桜の精に呼び出された幽霊なんかじゃないわよ。ほら、足もあるでしょ?」
多少発音にオランダ語訛りがあるが、見事な英語でそう言って十六夜はひとしきり笑う。流石のゼルファも……ただ呆然と立ち尽くすしかない。
「今日は私の馬鹿息子に貴女たちに謝らせようと思ってきたんだけどやっぱり付いてきて正解だったわね。まったくあの子ったら……。
有り難う、よくぞお灸を据えてくれたわ。
あの時に死んで見せたのは、あれくらい完璧に死んで見せないと、監視者の眼から自由になれなかったからよ。『先代の十六夜』、つまり私の母は御一新の直後に流行病で亡くなられた。それを知らされた私は村に戻ったわ。母への唯一の贖罪のためにね。
先代が生きているように装ったのは、私が出奔したまま、ということにした方が既に暴走を始めていた長恒たちにとって、そして隠里を監視していた連中に対しても牽制策になると思ったから。そして事実、牽制にはなったようね」
……一体どこから何処までが予め仕組まれていた? 私の背筋に冷たいものが走る。
「それでこの子の父親と久しぶりに会って話してね、貴女たちさえ良ければ、あの子を暫く預かって欲しいと思って今日はお邪魔したの。お代は現物支給ですけど、勿論払わせていただきますから。
あの子の父親も――勝海舟って昔の幕臣なんだけど――心配しててね。貴女がたが浅草寺に行った際にあの子と少しだけ話したらしいのよ。そうしたらあの人、何て言ったと思う? 『剣呑すぎる』ですって。自分も若い頃は剣呑だったくせに」
拗ねた子供のように言うと、一転十六夜は真剣な表情になる。
「頭でっかちの馬鹿息子だけど、どうか宜しくお願いしますね。それとね、余計なお世話だとは思うんだけど、クリスの友人として敢えて言わせて貰うけれど……」
降りしきる桜吹雪の下、十六夜は今までにない真摯な口調で告げる。
「クリスがどれだけ貴女たちのことを愛しているかだけは忘れないでいなさい。
本当は分かっているんでしょ? 彼がPaxの禁を破ったとして追われる羽目になったのは、あの娘を助けるために“Lost”の封印を破ったからだって……」


「痛っっっ、酷いですよぉ、マスター」
シンイチの情けない声でゼルファは我を取り戻す。
「確かにこの間の一件はボクが悪かったです。でも謝りに来たのにいきなり殴り飛ばすことはないじゃないですか!」
シンイチは殴られた顎をしきりにさすりながらぼやく。カペはその足下から恐る恐るゼルファの御機嫌伺いをし、アイリーンは例によって、捨てられた子猫のような眼差しで姉の様子を伺う。
再びゼルファが振り返った時には……既に十六夜の痕跡は消え失せていた。
だが、彼女が満開の桜の見せた幻影でないことは、ゼルファの手にいつの間にか握らさせれていた如月、そして愛銃ピースメーカーの心地よい重みが証明していた。シンイチに子細を問い質そうとして……ゼルファは思い留まった。
今回の一件の裏面に何が潜んでいたのか? “Lost”をこの地に投げ込んだ者の正体とその意図についての追求はひとまず置こう。この国において将来発生するかも知れぬ懸念もひとまず置こう。この今日という時代は一人一人の自己実現が国家の発展にそのまま直結するという幸せな時代だ。そしてこれから暫くは、この少年のように少々我が強くとも、一人で立ち上がり、一人で生きていける人材がこの国では必要なのだろう。
だから私は……とゼルファは思う。いま私に出来ることをすればよい。いま私が出来る範囲のことをやればよい。いま私に出来るところから始めればいい。
やはり桜の魔性にあてられたのかもしれないな、とゼルファは自嘲気味に思う。
首を振り目を開けると、三者三様の瞳が彼女に向けられていた。カペのおどおどしたような視線、シンイチのいつにない自信の欠けた視線、そしてアイリーンの懇願するような視線。
思わず吹き出しそうになったゼルファは、コホンと一つ芝居がかった咳払いをしてから「求人公告」を出す。
「Sin。本国までの船中で日本での旅の資料編集をしたいのよ。それに当たって、助手が一人必要なわけ。どこかに英語に堪能な良い人材がいたら紹介して欲しいんだけど?」
「!! ハ、ハイ! ここに適任者がいます!」
 アイリーンの顔に桜の花のような歓喜が満ちる。その笑顔で許しを得たことを知ったカペは、ゼルファの胸に飛び込む。ドサクサ紛れに胸を掴んでくるカペを張り倒して、ゼルファは引き続き「求人面接」に入る。
「英語は話せますか?」
「イエス!」
「月給はいくら欲しいですか?」
「一二ドルで結構です」
「謙虚ね。少しは反省でもしたわけかしら?」
「別にそう言うわけでもないんですが……」
そう言って首を傾げてからシンイチは一転真面目な表情でゼルファの顔をじっと見つめる。見つめられたゼルファが思わず姿勢を正したくなってしまうほどの真剣さだ。
「改めてマスターの下で働かせて頂くにあたり、一つだけ教えて頂きたいのですが……」
「な、なによっ?」
シンイチの真剣な表情に向き合い、ドキリとしてしまう。
「実は、この間の旅の間もそれが気になって夜も眠れなかったんですけど……」
その言葉にゼルファは少し身構える。
この子はこの旅を通じ「決して知られてはならぬ世界の秘密」の一端まで知ってしまっている。これ以上、秘密の一端を明かせば、シンイチだけでなく、ゼルファ自身も抹殺対象にされかねない。
しかし舞い散る桜吹雪の中に佇んでいると、そんな「些細な事」はどうでもよくなってしまう。
「……いいわよ、一つだけなら答えて上げる。でもその代わりに約束しなさい。今後、私が貴方の契約解除を命じるその日まで、決して私たちの下から離れない、と」
「ハイッ!」
それは初めてシンイチと出会ったその日以来、ただの一度も見たことのなかった年頃の少年らしい感情剥き出しの、素直で、明るい返事。
「これはマスター御自身に対する個人的な質問、というよりも好奇心なんですけど」
「……?」
身構えていたゼルファは拍子抜けする。
「マスターの亜麻色の髪は大変お美しいのですが……」
ゼルファは懐の中のピースメ―カーに弾丸が装填されていることを確認する。
「それって、やっぱり下の髪の色も……」
ピースメーカーの轟音。
それが散りゆく桜への弔鐘のように響き渡った。
(完)


最後までお付き合い下さった方、どうも有り難うございましたm(_)m。ちなみに当然この物語には背後設定が膨大にあったりするわけですが……まあ語らぬが華、ということで。最後まで読んで下さった方、下の拍手だけでも押して下さいますと幸いですm(_)m。
さて、最後の問題は幕末維新期、来日した外国人達の誰もが賞賛せずにはいられなかった日本の自然の美しさからの出題です。
『苔むす神社に影を落としている巨大な杉の樹。言いようもないほど優美な幾何学的曲線を描く円錐形の火山。油断なく飛び石伝いに渡らなければならない渓流。蜘蛛の糸のように伸びていて一歩踏むごとに震える吊り橋が懸かる深い谷川。野の花が絨毯のように敷きつめ、鶯や雲雀の啼き声が響き渡り、微風の吹く高原。霧が白い半透明の花輪となって渦巻く夏山。深紅の紅葉と深緑が交錯する谷間。その谷間から上を見上げれば、高く聳える岸壁は鋭い鋸歯状の線を描き、青空をよぎっている。
―――確かに日本の美しさは、数え上げけば堂々たる大冊の目録となるであろう。』
『松の木に縁取られた日本の山々ほど、ひとつひとつがこの世ならぬ個性の美しさをたたえているものはない。曲線や突起のある、繊細でしかも大胆な表情。それらは西洋の山にはないものだ。頂きにはかならず一群の松がなごやかに並び、靄が涙のしずくをたらす暗緑色の小枝や、強い日ざしを受けて輝く金銅色の大枝を張り出している。』
そして、春に関して云えば『世界中でこれ以上絢爛たる開花と、笑みこぼれるような、そして優雅に満ちた春の植物を求めることは出来ない』までとさえ、述べられています。


さて、ここで今週のクエスチョン。
この日本の美しい自然が、至るところ人間の手によるものであることを看破し『自然に人間の手が加えられすぎて、憂愁の魅力に欠けている』と評した外国人もいますが、事実、外国人の多くが目にした関東近辺の自然は、雑木林に至るまで江戸期に再生されたものだったりします。元々焼き畑農業や官営の牧場で原生林が丸裸となってしまった武蔵野台地の雑木林は、江戸期に再生された代表的なモノですが、別段幕府が「自然環境保護」のために植林したわけではなく「人口が急に増えすぎたため」植林が必要となったのですが、ここでクエスチョン。
この「植林」は主に何を目的としたモノだったのでしようか? ヒントとしては、八代将軍吉宗の時代にこの動きは本格化したものだったりします。
回答は木曜日の22時まで、web拍手にてお待ちしています。なお、改めまして、この物語を最後まで読んで頂けた方も、拍手を押すだけで結構ですので頂けましたら幸いですm(_)m。
web拍手