Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

異文化交流クイズ「ナポレオン三世によるパリ大改造」第8回。ナポレオン三世の改造によって明るく華やかな都市となったパリですが、その繁栄に忍び寄る影が……。
我々日本人にはイメージしづらいですし、実際殆どの都市で作られたことはありませんが(京の都では何度か城壁を建築しようとした跡がありますが)、戦乱の絶えなかった近世以前のヨーロッパの都市に城壁は当然の物でした。
セーヌ川に浮かび、たびたびデーン人などの侵略を受けたシテ島から始まったパリも当然そうでした。まず築かれたシテ島の城壁を、更に拡大する形で1200年前後に作られたのがフィリップ・オーギュストの城壁。当時イングランド王の領地だったノルマンディー方面に備え、ルーブルの城壁は特に堅固な物となっていました。
英仏百年戦争後にシャルル五世が、ルイ十三世時代にも軍事目的で拡張が行われましたが、皮肉なことに現在我々が考えるパリ都心部を、グルリと囲むように出来た城壁は「税金を取り立てるための壁」でした。1784年の王令で認められ建設された「徴税請負人の城壁」と呼ばれるそれは、当時パリ市内と市外で税金の格差がありすぎたため「入市税」を免れようとする者が続出、これを防ぐために市外区との間に設けた障壁であり、要所要所には入市税徴収用の門が設けられました。


が、三世はこの徴税請負人の城壁を解体し、その結果モンマルトルなどもパリ市内に組み込まれることになります。確かに合理主義者だった三世にとって、1800年代も半ばまで「楽市楽座」の制度を真っ向から否定するような制度を残しておく必然性がありませんでしたから。
かといって、これでパリの町が無防備体勢となったかと云えば、事実は全くその逆。都市を囲む城壁としては歴史上最大級。全長34キロにも及ぶ巨大な楕円の城壁がパリを囲っていたのです(実際の大きさは全然違いますが、イメージ的には徴税請負人の城壁が山手線圏内、この巨大城壁が東京23区内)。西暦1840年、当時の首相兼外務大臣、アドルフ・ティエールが建設にゴーサインを出したこの城壁は、一般に「ティエールの城壁」と呼ばれることになります。
城壁の高さは10メートル、その外側に幅15メートルの空掘をもち、壁の途中に94の稜壁を配置。更に敵軍の進撃を食い止めるために城壁から3キロのところに、16もの外部要塞がパリを取り巻くように配置されることになりました。
何故莫大な国費を投じてこのような巨大城塞が築かれたかと云えば、歴史の皮肉と云うべきか、三世の叔父一世、つまりナポレオン戦争の最終的な敗北でパリが二度にわたり占領されたからだったりします。
もっとも歴史はこの後、更なる皮肉な展開を見せるのですが……これは次回以降のお話。


さて徴税請負人の壁の話に戻って、今週のクエスチョン。
『パリを孤立させるこの壁に、パリ市民は不平たらたら』だったパリ市民ですが、高名な建築家によって設計された各市門、それに併設された徴税役人のための家の美しさに、多少なりとも溜飲を下げたと云います。この辺がパリ人らしいと云えばパリ人らしいのですが、もう一点溜飲を下げた点がありました。パリ市民達は「何に」溜飲を下げたのでしょう。ヒントしては、とかく現在でも建築家の設計した建物と云うものは……w。
回答は木曜日の22時まで、web拍手にてお待ちしています。
web拍手