Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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今週も「クララの明治日記 超訳版」その第13回をお送りします。なお過去ログは、以下のように収納しております。
明治8年8月分明治8年9月分明治8年10月分明治8年11月分明治8年12月分明治9年1月分明治9年2月分明治9年3月分明治9年4月分
本日分は浅草の写真点で写真を撮った話と、クララの日本芝居初体験の話がメインとなります。


1876年4月13日 木曜日
松平家を訪ねてから約一週間になる。つとめて書かないようにしていたのだけれど、今日は楽しいことがあったので、書かずにはいられない。
私は土曜からひどい風邪をひいて具合が悪かった。松平家でひいたのかもしれないし、土曜日に迂闊にも暑い台所から出て入浴したのが原因かも知れない。医者に貰った薬は、普通の人間が一生の間に飲むほどだ。日本に来て風土に慣れてくると、清国つまり花の王国に近づいてくるので、もう他の人間とは違ってくるのだ。
さて、今日の楽しいことを書こう。
「明日はみんなで浅草の写真屋に行きましょう」
令嬢たちに昨日そう話しておいたので、今朝おやおさんとおすみが豪華な着物姿で現れた。
濃淡のある青、紫、灰色の美しい縞の入った縮緬の羽織を着てきたのはおやおさんだ。非常に幅の広い綾織りの錦には黒と青と白の縞が入っていた。着物は紫と白で、半襟は絹糸と金糸で鳥や蔦を巧みに刺繍した灰緑色の繻子でできており、金色の帯留めの留め金は銀だった。
一方のおすみはと云えば、黄色の格子縞の絹の着物を着て、ビロードの裏のついた豪華な帯を締めていた。表地の模様はどうにも書き表すことができないので、以下省略。
「何故私に関する描写だけ、そんなぞんざいな扱いなんですか!?」
装身具の中で特に目立ったのも、綺麗に結い上げられたおやおさんの髪に挿してある混ぜ物のない鼈甲の櫛と簪だった。
「この簪と櫛はおやおさんの亡くなった本当のお母様の形見で、とても高価なのですよ」
富田夫人の説明に、だけれど何故かおやおさんの方が首を傾げた。
「あら、そんなに高価な物でしたの? おすみは知っていて?」
「おやお様が身を飾る物の値段などお知りになる必要はありません。そのような下世話な話は我々下々の者だけが知っていればいいのです」
お気の毒なことにおやおさんは、このような高価で素敵な物を身につけていながら、値段のことなどご存じない。或いは少しも分かっていないのである。というのは、お金とか値段とか数など知らないのが上流階級の印なのだから。
「そうですね」富田夫人は全く同意とばかり頷かれて「私も十七歳になって初めて、十銭と一円の区別が出来るようになりましたからね」
……このような無知がその恥を隠すために高価な衣服を纏っている。ところが、悲しいことにその衣服は透き通っていて、私たちの目から真実を隠せはしないのだ。


1876年4月15日 土曜日
今日母はひどく気分が悪く、外出できないので私も家にいた。
きのう季節風が吹いたが、雨のない小さな台風といったところで、まったく無害だった。今夜また風が出てきたが、どの程度ひどくなるのかは分からない。
東京会議所がこの敷地に、今ある門番小屋を台所にして、現在の家より小さいけれど、新しい家を建ててくれることになった。学校の理事の小野寺氏はとても親切で、何かと援助しようとして下さる。英語も素晴らしく、とてもいい方だ。
おや、風が強くなってきた。怖いからあまりひどくなりませんように。
だけど、神様を信頼しない自分に腹が立つ。風だって神様の下僕なのだ。どうして人間性というものは、何に対しても満足することがないのだろう? そしていつも、もっといいものを欲しがるのだろう?


1876年4月18日 火曜日
昨日例の写真が届いたが、皆の感想は「…………」というもの以外なかった。
「これはなんということです!? 内田写真店と云えば今上陛下の写真も撮られた高名な写真家でいらしたのではないのですか!?」
すっかり昂奮したおすみを取りなすように、富田夫人が窘められる。
「仕方ないことでしょう。前のご主人である九一氏が亡くなられ、今は親戚の人が仕事を受け継いでいるのですけれど、まだ仕事に慣れていないのですから」
「しかし、これはあんまりではありませんか! 富田夫人はすっかり曲がって坐っているように写られていますし、三浦夫人はまるで薬を飲みながらしかめっ面をしているみたいではありませんか!」
「おすみは遠い眼差しで富士山でも調べようとしているみたいですものね」
今日も綺麗な綾織りの着物を着たおやおさんがまったりと云う。その着物は腰掛けると袖が床に届き、まるで古い東洋の絵から抜け出てきたように――風変わりで面白く、古い清国の陶器の絵そっくりだった。
「わ、私の事などどうでもいいのです。問題はおやお様に一切表情がなく、まるで『写真屋には自分の写真を撮る権利などない』と考えているように、強情な顔つきをされているように写っていることです!」
うん、今回ばかりはおすみの云うとおりだ。実際に妹のアディは怯えて死にそうに見えるし、私は――いえ、私のことはよそう。私はいつものとおり、つまり、ちっとも美しくないのだ。写し損ねたら、実物より美しく写っていた、なんて都合の良い話はないのだろうか?
午後の祈祷会の時、今後この会を聖書勉強会と呼んで聖書を勉強することにし、来週創世記の第一章から始めることに決めた。
後は他にとりたてて云うことはない。うちの生徒達は歌をとてもよく覚える。それから、道の向こうの広場で軍隊の観兵式があった。
ああ、懐かしい学友よ、今どこにいるの。あなたたちのことを思い出すと淋しくて涙が零れる。そうだ、私は怠け者になって、時間を浪費しているのではないかしら? だからもうここでやめよう。