Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

クララの日記 超訳版第7回−4

1875年12月25日 土曜日
いよいよクリスマスがやってきた。昨年、あんなに頭を絞った問題、つまり「来年のクリスマスを何処で祝うのだろうか?」。この問題が無事に解決したわけだ。
私たちは準備のため、とても忙しかった。確かに今回のそれは今までとは違うクリスマスだった。昨年ツリーの飾り付けをしながら、来年は何処にいるのだろうかと思ったのを覚えている。
客間に大きな木を立てて、部屋の両端に緑の枝と大きな星を二つ飾り付けた。緑の枝が日本ではとても安いので、アメリカにいた時よりも美しくできるのが嬉しい。広間の鴨居の上を松で飾り、中央に提灯と日本の旗を吊した。
しかしやはり客人を最初に迎える玄関が一番人目に付くところだ。
「この国には新年に祖先が洞穴で暮らしていた時代を記念し、同時に神道の祝い事として、また悪霊を近づけないために、橙を真ん中から吊した藁縄にしだの束を結びつけたものを家の正面に掛ける習慣があるのです」
本当なのか法螺なのか。正直私には判断しかねることを云われた高木氏は、この家の玄関を日本風に飾ろうとして、しだと藁縄を玄関に掛けた。
……うーん、どう贔屓目に見ても、このままだとクリスマスには見えない。異教の暗黒儀式だ。そこで兄のウィリイが額縁を緑の枝で囲んだら、美しい星のようなものが出来上がったので、それをこの古い異教的迷信の象徴の真上に飾った。
「暗黒の国にさし昇るベツレヘムの星を象徴しているわね」
母がそう云ったのはその姿形からの発想だったのか、それともこの国におけるキリスト教の布教の度合いを示すものだったのか。
さて、高木氏とウィリイと他の何人かが外部の飾り付けをしている間に、中原氏がみえて、ツリーの飾りつけをお手伝いしましょう、と大切親切に申し出て下さった。小野氏も燕尾服にシルクハットという完全な洋式の正装で現れた。小野氏は最近昇進したので有頂天になり、新しい活躍の舞台で着て出るための夜会服を一揃い買ったのだ。
ツリーの飾り付けを手伝って下さったが、特に一番高い枝<六.五フィート>に届こうとしていて、窓敷居だの椅子の背だの、まったく無茶苦茶にあらゆる危険な所に乗ってバランスを取りながら努力したが、結局無駄だった。背が低いというのは本当に不便なものである。
杉田氏の令息が贈り物として、大きな衝立を二枚持ってきて下さったので、私たちはそれを客間に入れ、ツリーの前に立てた。こうして準備をするのはとても愉快だった。我が三人の騎士たちの行動は実に立派で、間もなくクリスマスを祝うツリーは見事に飾られた。


とかくするうちに、本日のお客様がどっとやって来られた。大小、老若を問わず、遂に三十二人<!>の地位も実力も高い日本人が、もてなしのよい我が家に集まった。
私たちは楽屋裏で浮き浮きとしていた。中原氏は最上機嫌で冗談を飛ばした。大鳥圭介氏は一家揃って、生後二ヶ月の赤ちゃんまで連れていらっしゃった。
勝海舟氏の二人のお嬢さんと令息一人を連れて来られた。男の子は如何にも腕白そうな顔をしていた一方、二人のお嬢さんは借りてきた猫みたいに慎ましくおしとやかだった。
私たちは、その「勝」という名前が“cats(猫)”と発音されるのをとても面白がって、そのお子さんたちを“kittens(子猫)”と呼ぶことにした。
楽屋裏の紳士達はそれぞれ出て行って「子猫たち」に紹介され、笑いこけながら戻ってきた。小野氏は大鳥氏が紹介なさったのであまり幸せとは云えなかった。大鳥氏は小野氏を婦人たちの長い列の方へ連れて行き、列から少し離れたところに椅子を置いて「左側のは皆私の家族で、後は勝さんのご家族です」と云われた。
要するに、母はこの方々を全部紹介したのだったが、こんなに大勢がクリスマスツリーに関心があろうとは思っていなかった。しかし、ツリーのことを耳にした方々が、つまり欠席だった福沢諭吉氏以外は、箕作、杉田、大鳥、阿部の各氏が家族連れで、それから未婚の紳士淑女がみんな来たので、こんなに沢山のお客になったのである。
分かっていたら用意したのだが、こんなこととは予期しなかったから、母はそれほど沢山食事の準備をしていなかった。私たちは折り畳み式テーブルや、ありったけの椅子を客間以外の部屋から持ち込んだ。
しかし、そのぎゅう詰めの中を縫って、富田夫人、ウィリイ、高木氏、小野氏、中原氏、そして私はお客様の接待をしなくてはならなかった。初めて洋式の食卓に坐って、ナイフとフォークで食事をした人もいれば、その様式にすっかり慣れきっている人たちもいた。食事の間に、何人かが客間へ行って蝋燭と提灯に火を灯した。


食後、お客様は皆、見事に輝いているツリーの置いてある客間に移った。
「おおっ、これは凄い」
全員の口から異口同音に、そして同時に感嘆の叫びが漏れた。このようなものは今まで見たことのない人々が多かったのだ。
皆十分に見飽きた時、私たちは歌を歌った。
「若い紳士諸君に、淑女たちを紹介すべきではないのかね?」
父は最初からずっと気を揉んでいたけれど、一座の誰もそうさせることはできなかった。日本ではアメリカと違って、淑女と紳士が社交界で会うことがなく、男子に結婚の意志がない限り、両性が社交界で交際することは作法に適わないことなのだ。それゆえ、いくらアメリカの習慣を振りかざしても、この古い偏見を改めさせるまでには至らなかった。
高木氏が中原氏を「子猫たち」に紹介して口火を切ろうとつとめたけれど「子猫たち」は中原氏に殆ど口を利こうともしなかった。一座の中で日本の少女たちはどう振る舞っていいのか分からず、紳士とか外国人の社会ではとても不利に見えるので、長い間外国にいたことのある中原氏は、日本の少女達に興味がなくなってしまっている。
しかし、今日の集いは日本の女性にとって新時代の夜明けである。女子が紳士と同じ食卓に着き、今までのように女子がするのではなく、紳士達に礼儀正しく気を遣って貰うのだから。私たちの、この日本で最初のクリスマスパーティーが何かいいことのきっかけになって欲しい!
子供達におもちゃが配られ、家族事にキャンディーやナッツなどの一杯入ったレース編みの小さな靴下が贈られた。ゲームをしたが、笑い声は随分起こったにもかかわらず、ゲームの様式があまり皆さんのお気に召さないようだった。やがて子供連れの人たちは家に帰っていき、お客の接待係だった私たちは二次会をやったが、とても楽しく、日本人の言葉で言うとこれがイチバンよかった。その後客間に戻ってクラッカーボンボンを鳴らし、カードを<勿論キャンデーも>回した。
中原氏はアメリカの切手が貼ってあって「あなたはなんとお優しいのでしょう」と書いてあるカードを貰った。小野氏は「チーズはお好き?」と刻んだハート形の砂糖菓子を貰って嬉しそうだったけれど、皮肉な事に彼は何よりチーズ料理が嫌いで、匂いさえ耐えられないぐらいなのである。
アディは贈り物として、日本の羽子板二枚と羽を一ダース貰ったので、私たちは夕方の残りを羽根つきで楽しく遊ぶことにした。
中原氏はこのかなり難しい遊びの達人で、ダンスをしている時と同様、とても優美に冷静に、少しも慌てたり興奮したりせずにする。
「まだまだだね」
また中原氏の打ち込みが決まった。その様子は見ていてとても楽しい。
一方、対戦相手となった小野氏は大変だった。あっちへ行ったりこっちに行ったりしていて、どんなに謹厳な人でも吹き出したくなるような格好で打ち返すのだ。
中原氏が落ち着いて優雅にすいすいと打っているのに、小野氏はまるで命がけで戦っているかのように、何やら訳の分からない台詞を叫びながら、あらゆる方向に絶望的に打ちまくる。
百錬自得の極み!」
派手に膝をつき、羽子板を劇的に振り回すけれど、あっさり中原氏に打ち返される。
「才気煥発の極み!」
小野氏は突然前に突っ込んで羽根を撃ち込む。するとそのゆるやかな服は後ろに跳ねた。
目は興奮のために輝き、黒い髪はもじゃもじゃに変化していく。
「天衣無縫の極み!」
何事につけ小野氏の行動を見ると「なんでもやる時は全力を尽くしてやれ」というのが信条かと思われるほどだ。だけど、とうとう小野氏は力尽きて床にぺたりと倒れ込んでしまった。「無我の境地」も遂に尽きたらしい。
「報知新聞の編集主幹が、その有能な記者がこんな格好をされているのを見たらなんと言うかしら!」
私が的確に突っ込むと、彼は横たわったまま少し考えて、それから飛び起き、髪をとかして服を直し、真面目くさって羽根つきをやめた。
それから中原氏は小さなバンジョー、つまりサミセンを取り上げて、小野氏と盛と私に、歌姫のしなをつくり真似て見せた。
「キラッ♪☆」
それは真に迫っていたが、とても滑稽で仕方なかった。中原氏はお祈りが済んでから帰って行ったが、もう十二時だった。
これ以外にも数多くの綺麗な贈り物を頂き、今までとはまったく違っていながら、とても楽しいクリスマスは終わりを告げた。神様のお恵みが与えられますよう、そしてベツレヘムの星がいよいよ輝き増しながら、「昼の正午」に向かってこの家の屋根の下に集まった人々の心に昇っていきますように。