Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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クララの明治日記 超訳版第90回−2

1879年8月25日 月曜  
今日はありがたいことに、上野で御前試合を楽しむことが出来た。
維新以来、東京で初めて行われたものである。
津田氏のお招きで二時に行く筈が、いろいろな差し障りがあって出発が遅れた。
しかし二時半には、全速力で銀座通りを走り抜けていた。
新橋から上野まで両側には見物人が隙間無く並んでいた。
街はおびただしい数の提灯の飾りつけがしてあり、ところどころに提灯の凱旋アーチが立っていた。
商店の商品は跡形もなく片付けられ、最上の屏風が一番綺麗に見えるようにおかれ、街は休日の装い。
どの店にも着飾った人々がいた。
老人は男女ともに地味な色の着物だが、にこにこして幸福そうな父親や母親たちは、衣擦れの音のする絹や、光沢のある繻子の晴着姿。
陽気そうな若者は麝香と髪油でよい香りを漂わせ、柔らかな縮緬の着物、朱色の帯、華やかな髪飾りをつけた美しい娘たちに、微笑みかけ色目を使う。
ござの上で可愛い丸顔の兄弟と遊ぶ少女は、地面につくほど長い袖の、美しい色模様の着物を着ていた。
このような情況全体が楽しい祭りの気分を作り出していた。
上野に入るちょっと前、いわば上野の玄関口に、老人の一団が晴れ着を着て満足げに坐っていた。
この人たちは、東京の八十歳以上の老齢者で、天皇陛下が謁見のためにお招きになったそうだ。
調べによると、八十歳以上のものは二千名で、百一歳にもなっている人が一人いるそうだ。
九十を過ぎた老人たちが天皇陛下――その古い意識にはまさに神に見えたに違いない――偉大なテンシ様を一目拝もうと、じっと待っている様子は誠に興味深いものがあった。
人生の荒波を乗り越えたこの「老水夫たち」が陛下に紹介されるところを見たいと思ったが、そのために止まるわけにもいかなかった。
……しかし、後で聞いたところでは。
これら老人たちの君主の天皇陛下は、御通過の際この年老いた臣民たちに気づかれなかったそうだ。
後で思い出されて代理に侍従を遣わし、各二十五銭を賜ったそうである。
上野に入ったところで津田氏が迎えて下さり、日本の高官と著名外国人に当てられた天幕に案内して下さった。
私たちは小鹿さんと一団の海軍軍人の後ろに席を占めた。
近くに、マッカーティ、メンデンホールのご家族、ディクソンとマーシャル両氏、フェノロサ夫妻がおられ、友人に囲まれていたわけだ。グラント将軍の到着で天幕の垂れ幕が引き上げられ、物見高い顔がのぞいた。
しかし、ミカドが親衛槍騎兵を従えて、並木道を進んでこられると、どの頭も引っ込み、幕は静かに閉ざされた。
近くにいる人たちは陛下が通り過ぎてしまわれるまで、うやうやしく頭を低く下げていたが、御通過後には、金と朱のお馬車を一目見ようと大騒ぎをした。


上野公園の野外大園遊会のプログラムは次のとおりである。
天皇陛下の宮城御出発、午後二時。
○上野公園御到着、午後三時二十分。
○公園入口に於て郡長、区長、東京府議会議員、区議会議員、商工会議所会員、東京市民委員会委員のお出迎え。
○陛下の進行中、ノロシつまり合図のロケットを不忍池にて発射。
○天幕の近くで八十歳以上の老齢者が立ち並び陛下に謁見。
○陸軍、海軍軍楽隊の交互の演奏。
○陛下、控室に御到着。
○皇族、大臣、参議等、控室入口にてお出迎え。
○皇族、大臣、参議を従えて会場へ出御。
東京府知事の演説。
東京府議会議長、福地桜痴の式辞朗読。
○陛下のおことば。
○陛下より東京の高齢者に御下賜品を給わう<養老の儀式>。
東京府知事の紹介によって郡長、区長、東京府議会議員、区議会議員、商工会議所会員、東京市民委員会委員の拝謁。
○陛下、しばらく御退出。
○陛下天幕の御座に出御。
このように皇室の儀礼的ドラマが演じられている間、我々庶民は行儀よく坐り、静粛に待たなければならない……心のうちではこの馬鹿げたことがすむまでいらいらしながら。
続いて行われるものは――。


競技の順序
第一、槍と剣。二組が行う。
古式剣術の模範演技で、剣士は二十四人ばかり。古い儀式の竹の胴と鉄の面をつけていた。
第二、ヤブサメ。馬上の騎手の弓術。
競技の中で最も面白い。
半ば野蛮ながらも豪華な衣装を着た大勢の騎手が入場した。
馬は古式の複雑な飾りをつけていた。
射手は流行のジプシー型の帽子――余談だが、私のとそっくり。但しピンクのばら無し――を被り、桃色、黄、青、紫、白のいずれか一つの色の衣服で金属の胴鎧をつけていた。
ズボンは、虎、鹿または熊の革で、矢が入った箙を背負い、手に長い弓を持つ。
この騎手の行列が広場を回って、陛下の天幕まで堂々と行進した。
一方、古い宮廷衣装の長袴とかぶりものをつけた六人の男が、三本の白い紙の標的を等間隔に立てた。
合図とともに、隊列から一人の騎手が全速力で走り出し、手探りで後ろの箙から矢を素早く外し、第一の標的に来た時、きらめく矢を放ち標的の真中を驚くべき正確さで射抜いた。
すると、その破れ目から、色紙の紙ふぶきが舞い地面に散った。
しかし、この正確な射撃の美技を見た見物人の驚きがまだ収まらないうちに騎手は疾走し、最後の標的に達し、的を射て、その中身を撒き散らし、えり飾りをなびかせ、天幕の後ろへ姿を消した。
熱狂的な拍手が静まった時、別の騎手が前に突進して来て、同じように成功を収め喝采を博した。
次から次と、出ては去り出ては去りで半分ほどすんだ時に、派手な桃色の上衣、光った胴鎧、虎の袴をつけた男が足を高く上げて歩く子馬に乗って現れた。
しかし、悲しいかな! 
この気取り屋さんは、高慢と自信のために失敗し、どの標的も外れた。
最後の的では、前の不運を取り戻そうと夢中で試みたのだが、最後に見えたものは、帽子は吹き飛び、鞍に跨って、体を回し、通過して行く標的の方に弓を構え、的を狙っている姿であった。
見物人の嘲笑うような「マケ、マケ!」という声が彼の後を追った。
ほかの者たちは大体成功した。
第三、ホロビキとキヌビキ。
日本式馬術とでも云おうか。
華やかに着飾った騎手が、まばゆいばかりの飾りをつけて、堂々と広場を行進する。
この野性的でアラビアの酋長のような騎手は、鞍の後ろの枠のようなものに紅白の長い布を取り付け、それを優美に肩にかけていた。
馬を早足で駆けさせて、この長い布を弛める。
するとその布は輪になっているので、中に空気が入り後方へなびいて浮かぶというわけだ。
徐々に馬の足を早め、ますます布を弛めて風に靡かせると、立派な馬は鬣と尾を立て、首を曲げて長い旗を吹き流して誇らしげに歩いて行った。
光った馬飾りと騎手の技に感心していると、更に三人の騎手が入場した。
この人たちは鞍に長い紗のような絹の布を結びつけており、それは風を受けて銀の襞のようになって約十ヤードほど騎手と軍馬の後ろにた靡いていた。
このキヌビキは、紅白のホロビキとともにすばらしい効果をあげた。
第四、「イヌ・オウ・モノ」。漢字で書くと犬追物だ。
弓矢を持った二十四人の騎手が偽の犬を狩るのである。
これはまったく滑稽なものだ。
最初、偽の犬の用意ができていなかったので、数匹の痩せ犬が広場に連れ出されたのだが、キャンキャン鳴きながら場外へと逃げ去った。
にせの犬とは、ただの筵の包みで、最も足の早い騎手が持つ長い紐に結びつけられておりそれを他の騎手たちが全速力で追いかける。
その目的は、矢で紐を射て、先頭の騎手が持つ綱から引き離すことである。
これには目標をしっかり見定める正確な目が必要である。
上手に射た矢で見事に綱が切れるさまは、誠に素晴らしい。
こうしている間にも、ずっと打ち上げ花火があげられ、頭上で破裂した。
昼間花火を見るのは、私にとっても初めてである。
黒い煙の球が勢いよく昇り、頭上で破裂し、婦人の姿、扇、傘、魚、ひょうたん、そのほか面白いものが出て来た。


催し物は更に次のように進行した。
午後五時三十分、陛下宮城へご帰還。
午後六時、夕食の会場開く。
皇族方、グラント将軍、その随員一行、大臣、参議、元老院の副議長、内閣の閣僚、外交団、陸軍卿、海軍卿、外国派遣の公使たちは天幕の後方の円形の部屋で、ほかの招待客は競技場の前にある大広間で接待を受ける。
夕食後、皇族方とグラント将軍は精養軒へ引き上げられた。
花火は不忍池で七時三十分から始まる。
主賓方の見物席は精養軒の庭園内に設えられた。
その他の客席は池に沿った道路と精養軒の庭の前に用意された。
祝宴は十時に終わる予定。
以上のように、延々と続いた催し物は終わり、私たちのご馳走も終わった。
競技に続いた夕食の後に精養軒の庭に行き、花火を見物してから九時過ぎに照明に輝く銀座を通って赤坂に帰った。