Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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クララの明治日記 超訳版第91回−2

1879年8月29日 金曜 
午後、お逸と私は、最上のよそ行きで着飾って訪問巡りにでかけた。
私たちは一緒に出歩くのが大好きだ。
今日は、グラント夫人に最後の訪問をし、それから、おやおさん、現在の松平おやお奥様を訪ねるつもりである。
四時頃、予定より遅く、私たちの二台の人力車は夏の御殿のはね橋を走り抜け、長い並木路をつき進み、警護の人たちを通り越し、延遼館、即ち浜御殿の入口に着いた。
玄関に控えていた制服の召使いがあまり大勢いたので、お逸が急に恥ずかしがってしまい、固まってしまった。
真新しい立派な簪も、代々伝わる家宝の鼈甲飾りも彼女に勇気を起こさせる威力にはならない。
また上品な五十ドルもした帯のことを考えても一向に落ち着くことが出来なかった。
しかし私は! 前に何度も御殿に行ったことがあるではないか!
それにこの御殿は、我が国の前元首のお住まいではないか!
アメリカ娘の私をおいて、ここに来る権利が他の誰にあろうか。
そこで二人分の勇気――お逸はすっかり勇気をなくし、頬の赤味もない――を出して、車から降り、名刺を出し、グラント夫人に面会を申し込んだ。
丁度その時二人のアメリカ人が廊下を行ったり来たりしていたが、こちらに出て来た。
そして、年上の方が「グラント夫人に会いたいのか?」と訊ねた。
「そうです」
私はそう答え、恐れず目をあげた。
その人は「どうぞこちらへ」と云い、若い方の紳士が、私たちに入るようにと、別のドアを指さした。
しかしお逸は、息も止まらんばかりで私の手を握った。
部屋の中を覗くと、グラント将軍が卓の前に坐り、岩倉具視右大臣、三条実美太政大臣などの貴族たちと熱心に話し込んでおられるのが見えた。
会談の邪魔をしたくないので、私は年上の紳士の後について行った。
この方はヤング博士といって『グラント将軍と世界一周』の著者で、相当に文名高い人である。
若い方は子息のフレッド・グラント陸軍大佐で、将軍とよく似ていた。
青の客間でフレッド大佐と楽しく話をしている間に、ヤング博士は、グラント夫人がお手すきかどうか見に行ってくださった。
間もなく夫人はフレッド大佐をお呼びになった。
大佐は戻って来て、母は喜んでお会いするけれども、すぐ案内するので、お化粧の最中だと云った。
それで伝言を申し上げたところ、しばらくして、彼は青いリボンで結び、洒落た紙に包んだ本を持って戻り、母にくれぐれもよろしくと伝言を下さった。
フレッド大佐は玄関まで案内して下さり、石段の上で話をした。
「火曜日に出帆されるのですか?」
「いいえ」
私の質問に彼は答えた。
「三日までは発ちません。シチー・オブ・トーキョウ号の出帆が延期になりましたので」
「日本から行っておしまいになって残念でございます」
「私たちもとても残念です」
「誰でも日本に愛着を感じるようになるのだと思います」
「まったく、私の場合もそうです」
男らしい大佐は憂鬱そうに見えた。
「日本ではまたお目にかかれるかもしれませんね」
最後にフレッド大佐はそう締めくくった。
そこで私たちの人力車が来たので、それに乗り「グラント夫人によろしく」と云いながら走り去った。
丁度その時、アメリカ公使館の馬車が、ビンガム夫妻を乗せて近づいて来た。
大層驚かれた様子で、ビンガム公使は窓から頭を出し、中の夫人に向かって「クララちゃんだよ」と云った。
「それにキャツ(勝)のお嬢様も」とビンガム夫人が応じた。
ここから蛎殻町へ、おやおさんに会いに行った。
おやおさんはほとんど変わっていない。
けれど、病気だったので少々顔色が悪く、悲しげな様子をしていた。
「おすみに会いたいわ。私たちこれまでずっと一緒だったのですもの」
お付きのおすみは、おやおさんの結婚と同時に、自分の家に帰ってしまったのだ。
奥様となられたおやおさんは、今ではどこにも出かけない。庭へさえも。
私たちに会って嬉しそうだった。
そして小さな編んだスカーフをあげたら、ほんのちょっとの間、本当に幸せそうだった。
おやおさんは手芸品が大好きなのだ。
おやおさんのお義母様はずっとご容態が悪化していらっしゃる。
癌が肩胛骨まで進行しているそうだ。