Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

クララの明治日記 超訳版第91回−1

1879年8月28日 木曜  
今夕森氏のご招待で、永田町の竣工したばかりの新しい邸宅で、グラント将軍夫妻にお目にかかった。
九時少し過ぎに私たちは勢揃いして出かけた。
今宵の母はリビーおばさんから頂いた百ドルの絹の服。
ウィリイは初めての燕尾服。これ以上きつくならないほどぴったりしたズボンでとても立派。
私はピンクの飾りリボンが一面についた、クリーム色のリンズのプリンセス・スタイルのワンピースで。
私たちの行列が丘をのぼって行くと、森氏の邸宅が見えた。
着色灯で輝き、提灯が頭文字のU・S・Gの順に並んでいた。
別のお客様の一団は私たちと同時に門のところに着き、提灯と巡査の並んだ長い道を車でのぼって行った。
ここで数人の人に丁重に迎えられた。
そのうちの二人は、お客がいっぱいいる客間の方を指差し、他の人たちは階段の方へ手招きした。
私たちは自分たちの意向で二階に上がり、森夫人の素敵な寝室で、コートを脱ぎ、髪を整えた。
その間ウィリイは、礼儀正しく部屋の外で待っていた。
紳士方が並んでおられる間を、私たちは階段を下り、客間に行った。
部屋の前には沢山の日本の友人たちが集まっていた。
堂々とした姿の楠本正隆氏がこちらに近づいて来られ、閣下からご親切なご挨拶の言葉をいただいた。
中村正直氏は、だぶだぶの燕尾服を着、うまく留まらないカラーをつけて、ドアの後ろから微笑みかけた。
人波がこの目立たない人物をそこに押し込んでしまったらしい。
ごわごわしたハカマで威儀を正した、背の高い男らしい福沢諭吉氏は、周りの背の低い人々の上にそびいていた。
こちらを見て嬉しそうな様子で、低いお辞儀をし、小声で歓迎の言葉をつぶやかれた。
この日出席した紳士方で和服は福沢氏だけ。
しかし立派な着物を召された姿は、体に合わない洋服を着て身のこなしのまずい他の紳士たちよりずっと堂々として威厳があった。
福沢氏は思想上完全な革命を遂げられた。
というのは、洋式の家、洋式の生活様式を捨てられたばかりでなく、もう洋服は召されないし、私たちのような挨拶の仕方もなさらない。しかしあの方は今までどおりの方で、東京の三著名教師――福沢氏、中村正直氏、津田仙氏のことだ――の中で一番好きな人である。
彼は熊だけれども、やさしい熊である。


客間に入って、お客を迎えるために部屋の真ん中で立っておられた森夫人にご挨拶。
次にグラント夫人、森氏、グラント将軍にお辞儀をした。
それから家族は、離れ離れになって誰彼となく友達とお喋りをしたり、日本の美しい婦人方を眺めたりした。
日本婦人の中で目にとまったのは、田中不二麿夫人、西郷夫人、井上嬢、上野景範夫人――イギリスから帰朝早々だ――、それに有栖川宮妃殿下、その他、私の知らないもう一人。
外国の婦人方には、グラント夫人の他に、マッカーティ夫人、シェパード夫人、ブッケマ夫人、アンダーソン夫人、ビードン夫人、ワッソン夫人、ミス・ビンガム。
そして去年、私が東京中を案内させられたアーガイル侯爵の抜け目のないご親戚、ミス・ゴードン・カミングスまでいた。 
今宵の出席者の中で、未婚はミス・ゴードン=カミングスと私の二人だけだ!
あとで母がグラント夫人のところへ連れて行ってくれた。
「前にお目にかかったことがありますね」
「はい、先月お訪ね致しまして」
「はて、あなたのお顔を知っていると思いましたのに」と利口なグラント夫人は言葉を続けられた。
「でも帽子をお取りになると、とても違って見えます。
で、これはあなたのお嬢様? お帽子を取ると顔が違って見えますね」
それからマッカーティー夫人の方を向いて、きつい口調で「妃殿下はどこ」と云われた。
「あちらの将軍のお隣で」
マッカーティー夫人はてきぱきと答えた。
話は違うが、マッカーティ夫人はやさしくて陽気で素晴らしい方だ。
「えーと、えーと」
グラント夫人は母の方を向いておっしゃった。
「ホイットニー夫人です」とマッカーティー夫人が助太刀。
「あ、そうそう、ホイットニーさん、ホートン夫人をご存じですか?」
「はい、よく存じ上げております。ご近所にお住まいですので」
「では、すみませんが、拝借した本を、あの方に届けてくださる? 小説ですが、お返ししたいと思って。お願いできます?」
「かしこまりました! なんでもお役に立てばうれしゅうございます」
丁度その時グラント夫人は青い洋服を着た女の人をちらっと見て、同じ怒った調子で、マッカーティー夫人の方を向き尋ねた。
「あの女の人は誰?」
「ああ、あの方はブッケマ夫人でございます」
マッカーティー夫人はどこまでも明るく答える。
この時、私の肩に軽く手を置いた人があって、振り向いたら、それは森夫人だった。
美しく新しいクレープデシンのパリ仕立ての服を召して立っておられた。
「今日はとてもおきれいに見えてよ、クララさん」
愛情をこめておっしゃっる奥様に、私も心から云った。
「ありがとうございます、奥様。新しいお召し物がとてもよくお似合いでいらっしゃいます」
「これ、お気に召しまして? 襟がおかしいと思うのですけど、いいのでしょうか?」
「とても素敵ですわ」と私は保証した。
間もなく森夫人は「あの方ご存じ?」と云われた。
「どの婦人でしょうか?」
「あそこにお坐りの有栖川宮妃殿下」
「いいえ、私は未だ拝謁の栄に浴したことはございません」
「そう、ではいらっしゃい」
奥様は私の手を取り、妃殿下がごわごわの真紅の宮廷袴と錦織の上衣を召して、坐っておいでのところに私を連れて行ってくださった。
森夫人は私を紹介して下さって、云った。
「ホイットニー嬢でございます。長いこと宅にすんでおりました。親友でございます。
どうぞ心安らかに、妃殿下、この人は上手に日本語が話せます。どうぞお話遊ばしてくださいませ」
私は丁寧にお辞儀をし、妃殿下のご機嫌をうかがい「初めてお目にかかります」と云った。
「お会いできてうれしい、宴会を楽しんでいることと思います」
妃殿下はそう答えられ、私の日本語の知識を褒めて、私が何年日本にいるかなどと訊かれた。
森夫人は妃殿下の脇に坐って、話をするようにと私に命じられたのでその通りにした。
間もなく夕食が始まる知らせがあり、グラント将軍が妃殿下をお連れした。
私は妃殿下のあとの空いた席で、ミス・フク・ヒロセの隣に坐った。
間もなくアンダーソン先生が来られ、すぐに私は先生の腕につかまって食堂の方に行った。
ここでアンダーソン先生だけでなく数人の日本の紳士方やビンガム公使までが接待してくださった。
またサトウ氏は私の椅子の後ろに立って話をなさった。
アンダーソン博士夫妻、サトウ氏と私は、一個所に集まって話をしたが、とても楽しかったので、他の人たちが皆客間の方に行ってしまうまで話し込んでいた。
客間ではミス・エマ・ビンガムの近く、有栖川宮妃殿下と西郷夫人の間に席を占め、お客様方を眺めたり、隣室の音楽に耳を傾けたりしました。
グラント夫人は、ワッソン夫人と歩きまわり、骨董品を眺めておられたが、突然骨董品の卓の上の方にかけてあった版画を見上げて、嬉しそうな声で叫んだ。
「まあ、私の夫がいる!」
確かにグラント将軍は壁から見下ろし、一方ご本人は同じような姿勢で、すぐ下に、何も気づかずに佇んでおられる。


今宵のことをすべて書き尽くすことは、私のつたない筆ではできない。
何もかも面白いことばかりであった。
しかし、私は間もなく小さい方の客間に行った。
一人の楽士が真ん中に坐り、薩摩の曲を、ビワによく似た薩摩の楽器で弾いていた。
ビワの曲を弾き終わると、楽士は一枚の椿の葉を水に浸して二つに切り、その一片を口に入れた。
するとイオルス琴と羊飼いの笛ともつかぬ柔らかな妙なる音色が出た。
これは清国の笛の模倣で、とてもすばらしかった。
私のそばに立っておられたサイル博士は、この故事来歴を説明して下さっていたが、グラント将軍は戸口に立たれ、その葉片を手にとって見ておられた。
「将軍。私は子供の頃によく櫛で同じようなことをしました」
サイル博士の言葉に、グラント将軍は愉快そうに答えられた。
「そうですね。私もそんなようなことをよくしました」
丁度その時妃殿下がお立ちになられ、小太りで小柄な夫君――皇族で、皇位継承者であられる有栖川殿下のあとを足早について行かれた。
グラント夫人も、森夫人に帰りのご挨拶をしようとしておられたが、階段に一方の足をかけて、立ち止まり、忘れっぽい将軍を大声で呼んだ。
ユリシーズ! あなた、私を置いていらっしゃらないで!」
元の部屋に戻ると、楽士は竹の笛を吹いていた。
西郷、大山両中将、上野氏が後ろの方に半円に立ち、一生懸命、椿の葉を吹いていたが、やっとキーキー不調和音を出すだけで、顔が真っ赤になるばかり。
後で加わられた鍋島公とこの紳士方で散々笑った後で、大山中将は独特のワルツのような足取りで私の長椅子のところに来られ、陽気にお話をなさった。
お顔にはあばたがあり、目はぎょろりとしていらっしゃるが、私はこの方がとても好きだ。
背は高く、肩は広くてにこやかで、誰とでも明るく話をなさり、男らしい態度である。
天皇陛下から賜った勲章もお人柄に似つかわしくて、立派に見えた。
英語は話されないが、どんな不完全な日本語でお話ししても意味をとても早く理解なさる。
西郷中将は、従兄弟の大山中将に較べて、お顔は立派だが、それほど善人ではないようだ。
上野氏は輝く女王、つまりビクトリア女王の勲章を胸につけて、きらびやかであった。
開拓使黒田清隆氏によく似ている。
上野氏の奥様は小柄な美人だ。
紅海沿岸のアーデンで赤ちゃんを亡くされたそうだ。
ついにおいとまする時間になったが、森氏が楽士が歌を歌ってくれるから、待つようにと云われた。
「はい、歌を一曲どうぞ――恋の歌を、アハハハ」とパークス英国公使が仰った。
吟遊詩人は竪琴をとって、義経や、戦に斃れた愛国心に燃える勇敢な武士「春の華」を物語る歌を歌った。
歌が終わり、私たちは森氏にお礼を述べ、楽士を称えた。
楽士が云うには、音楽を学んだことはないが生まれつきどんな楽器でも奏でることができるそうだ。
若くて、大きな野性的な目をして、やつれた顔つきをしていた。
お客様が帰られたので、私たちも森ご夫妻にご挨拶をし、アーガイル侯爵の親戚の令嬢に別れを告げた。
「またお目にかかりましょう、今度は多分スコットランドでね」
彼女は堅く手を握って、そう仰った。
小さな我が家についたのは十二時だった。