Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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クララの明治日記 超訳版第96回解説

【クララの明治日記 超訳版解説第96回】
「今回の主人公は“宗教問答”の藤島氏ですわね。
先週のお逸のお姉様とクララとの“宗教問答もどき”とは、全く次元が違いますわ。
それもその筈、この藤島氏。非常に“不思議”な経歴の持ち主ですの。
藤島氏は幕臣だとクララの日記では紹介されていますけれど、旗本ではなく、元は毛利家に仕えていた神社社殿の金具類調製などをする金工だったそうですわ。
27歳のとき江戸に出て、当時日本で最高と言われた後藤一乗に金属彫刻を学び……ここからが不思議な展開を見せるのですけれど、どういうわけか高名な江川担庵から西洋兵学を学びます。
明治になってからは、明治5年に工部省勧工寮に出仕。
明治6年に開催されたオーストリア万国博覧会には、自ら製作した測量器を出品し有功賞を受けています。
引き続き、同国において測量機器と船舶用磁石の製造技術、幾何製図などの習得に努め明治7年5月帰国。
同7年内務省地理寮に転任。“測量機器伝習録”を著して、その製造を建言。
同年、更に工部省工作局へ転任し、測量器・理学器の研究・製造にあたっています。
それで、この日の“宗教問答”で藤島氏本人が自分のことを“私のように商売をしている者”と云っているのは、この前年にあたる明治11年に測量器や理学器の製造場を東京八官町に作ったからですわね。
更にこの4年後の明治16年にはこの製造場を藤島製器学校とし、機械器具の製造技術の普及につとめます。
明治20年代には、測量器などについて舶来品を抜く精巧な製造に成功していますわ。
この間、数度にわたり内国博覧会に出品するとともに審査官を兼務。
藤島常興氏が製作した尺原器などは、現在国立科学博物館に寄託されています。
こうして封建期の伝統職人技術を土台にして、西洋技術による精密機器製造へと結びつけた第一人者。
それが藤島常興という人物ですわ。
なお今回の解説は、このリンク先から、引用させて頂きましたm(_)m。
……で、いつまで泣いてますの、お逸?」
「………………………………………(泣)」
「…………………仕方がありませんわね。
というわけで、今週はさりげなく“クララの正式な帰国”が決まり落ち込んでいるお逸抜きで進めさせて頂きました」
(終)


と云った所で、今週も最後までお付き合い下さった方、有り難うございましたm(_)m。
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