Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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クララの明治日記 超訳版第108−3回

1880年1月13日 火曜
今日は日本人の老婦人ばかりのひどく奇妙なパーティがあった。
最年少は六十五歳、最年長は八十一歳で耳が聞こえないといった人たち。
でも、とても楽しく、これほど満足な会はなかったと思うほどだった。
十一時にみえて、五時までおられた。
招待したお客は杉田夫人、岡田夫人、内田夫人のおば様と滝村氏の母堂。
この方はこれまで見た日本人の老婦人の中で一番美しい。
髪は雪のように白く黒目がち、肌はつややかで、老齢にもかかわらず背が並はずれて高く、腰も曲がっていない。
私たちはみな床に坐って相槌を打ったり、噂話に耳を傾けたりした。
めいめいが自分の年齢を云い、互いに髪、歯、目などを較べて、お世辞を云ったりした。
「滝村様、おいくつでいらっしゃいますか」
内田夫人のおば様がときく。
「六十五でございます。もう年寄りでございますよ」と滝村老夫人。
「おや、まあ、年寄りだなんておっしゃって。
おぐしは白うございますが、大変お若くお見えでございますよ。
髪は黒うございますが、私は八十一でございます。
耳も聞こえませんし、目もほとんど駄目でございます。
ほんに私のような用無しの年寄りは、足手まといになるだけでございますよ」
「そのようなことはございません、おきの様。
あまり物の役にはたちませんが、子供にとってはそばにいてもらう方がよろしゅうございましょう」
そう云ったのは滝村老夫人。
「あなた様のようにお子様のあるおしあわせな方はそうおっしゃれますが、私のような子無しではどうしてよいのやら」
「まあ、お子様かおありにならないのですか?」
「はい、残念ながらありませんのでございます」
「それではさぞお寂しゅうございましょう」
「はい。子供のいない家というものは、まったく寂しいものでござします」
「私は子供が三人、孫が五人おりますが、まあ騒々しくて、時々閉口いたします」
それから話は歯の話になり、滝村老夫人は、二本だけはグラグラしているが、後はみなまだ丈夫だと云った。
内田夫人のおば様は、物を食べるとみなグラグラするという。
岡田夫人は自分の歯は四本しか残っていないという。
食事は近くの茶屋から取り寄せた和食でとても楽しかった。
富田夫人、お逸、こまつも来て、食後にオレンジ・ゼリーとコーン・スターチ・プディングとを食べた。
老婦人たちはとても珍しがった。
「今日はこんな珍しい物をいただいて、きっと長生きいたします」
日本人は何か新しいことを聞くと「これで七十五日長生きができる」と云うのが口癖で、それでこう云ったのだ。
「私が日本に戻ってくるまで生きていてくだされば、もっと長生きできるようなものを持って参ります。どうぞ鶴と同じくらい長生きをして下さい」
そう母は言った。
皆大層喜んで、紫の座布団に坐ったまま深々とお辞儀をした。
杉田夫人だけは紫座布団が足りないので、ソファーの厚いクッションにぎこちなく坐っておられた。
食事が終わると、岡田夫人は云われた。
「こんなご大層なご馳走は食べたことがありません。おいしいものでお腹が一杯。
もっと三倍も食べたいのですけど、歳ですね。
若い時は一度に蜜柑なら十五は食べられたけれど、今は三つがせいぜいです」
私はこの善良な老婦人に写貞を下さいと言ったが、彼女は笑って断られた。
「私のひどい写真を、一体どうなさるおつもりですか?
七郎はよく私に写真を撮れと申しますが、私が死んだら、孫たちには話だけをしてくれればよいと云っております。
みっともないお婆さんの写真なんぞ見れば、馬鹿にして『なんてひどい顔だ』と申しますでしょうから」
私は笑って「それは違います。私は本当にあなたの写真が欲しいのです」と言った。
「姪に持って行ってやりたいから卵、魚、豆、菓子を紙につつんで持ち帰りたいのですが」
内田夫人のおば様はそう言われた。
食後、私はオルガンを弾いてあげたが、これでまたこのご老人たちは七十五日長生きする訳である。
内田夫人のおば様は私の椅子に両腕をもたれかけて座り、すっかり聞きほれたような様子で、何度も何度も云われた。
「いいものですね、日本音楽よりよろしゅうございます」。
それから歌を歌ってほしいというので、讃美歌を最初、英語で二、三曲歌い、次に日本語で歌った。
内田夫人のおば様はとても喜んで、この歌を覚えたいという。
そこでお逸と私は彼女の耳もとで歌詞を大声で繰り返した。
しかし、どうしても「イエスを愛す」が「エシュあいこ」に、一番の「帰スレバ子タチ」が「こたつ」にしかならなかった。
震え声をはりあげて私たちといっしょに歌うのがひどくおかしかった。
でも、とても上手で皆にほめられた。
勝夫人が入ってきておば様の背を軽くたたいて云われた。
「まあ、おばさん、お上手だこと。
あなたのようなお若い方が歌う時は、私たち年寄りは後ろに控えていなくてはなりませんね。
でもクララさんに教えてくださるようお願いしなくては。
オルガンの音が聞こえたら駆けつけていらっしやいませ」
「ああ、あなた、ご存じのとおり耳が聞こえませんでね」
気の毒に、彼女をも愛しておられるイエスの存在も知らずに、賛美歌を歌っている姿を見て胸が熱くなった。
「まあまあ、外国人がこんなに愛想が良いとは思いがけませんでしたね」
老婦人たちはそう言い合いながら帰っていった。