Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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クララの明治日記 超訳版第109−1回

1880年1月17日 土曜  
今日は競売の日だった。
初めての経験だったが、私たちにはとてもつらい日だった。
今朝、グレイ夫人が手伝いにきて下さった。
小松と三浦氏も来てくれたので、仕事がとてもはかどった。
十二時までに競売の準備がすっかり整った。
つらかったが家にとどまって、見知らぬ人々が私たちのものを調べまわすのを見ていなくてはならなかった。
鼠のような感じの小柄なフランス人は面白かった。
あれこれと見てまわっては片言の英語で質問をした。
オルガンを指さすと「ハーモニアム?」と聞く。
「はい。ハーモニアム、アメリカ製」
「売れた?」
「はい、売れました」
「ああ、それではしかたがない」
そう肩をすくめた。
昼食はグレイ氏のところでいただいたが、とて憂鬱な気持ちだった。
昼食後、ディクソン氏とミス・ホアが母を訪ねてきた。
私はグレイ夫人と車で銀座の二見へ行き、グレイ夫人は写真をとった。
グレイ夫妻は私たちに恩義があるわけでもないのに、ほんとうに親切にしてくださる。
グレイ人は、私が婚約したという例の噂ばかりでなく、すでに結婚してしまっているという話を聞いたと今日私に話してくれた。
それで「婚約したことはありえても、絶対に結婚はしていない」と云ってくれたそうだ。
工部大学校の生徒たちがこの話をまき散らしているそうだ。
本当に厭になってしまう。
どこに行っても当てこすりを云われるし、ディクソン氏の名が出ると、私が顔を赤らめるのを確かめるかのように私の方を盗み見するので、私は腹が立ってつい顔が赤くなってくる。
それで私自身がこんな噂の元だと思われないように、私はディクソン氏をひどく冷淡に扱い、できるだけ避けるようにしている。
ディクソン氏はとてもよそよそしいが、同じ理由からだろう。
彼が他の人たちを遇するように私にも親切にしてくれさえすれば、私は文句を言わないのだが。


そうそう、お逸のしてくれた茶会の説明を書いておく。
まずマチアイに通され髪や着物を直す。
客が全部そろうと、待合に用意してある草履をはいて、ショーキャク、漢字で書くと「正客」を先頭に庭を通って茶室に行く。
小径の石はすっかり洗われている。
茶室の入口際にはつくばいがあり、銅びしゃくがおいてある。
正客はここで立ちどまり、ほかの人々に会釈をしながら「皆様、お先に」と言って、優雅に口をすすぐ。
残りの人々同様にする。
入口で草履を脱ぎ捨て、新しいのをはいて縁側に入る。
若い婦人は華やかに装うが、羽織は許されない。
未亡人の印として髪を断髪にした老婦人は短い茶羽織を着てもよいが、紋は棗を意味するツボの紋でなくてはならない。
着物にも同じ材質の衿をつけ、よくあるベルベットや絹は許されない。
茶室に着くと、正客は静かに戸を開け、他の人に先んじる詫びを言ってから中に入る。
床の問には普通、花と掛け物が飾ってある。
正客はそちらの方に進み、また他の人より先に見ることを詫びる。
「見事でございます。結構なお品でございます」
そんなことを云いながら、床の間を拝見し、花と掛け物にお辞儀をする。
次客以下も同様にし、詰めの客は障子を軽くびしゃっと音をたてて閉める。
これははお茶をたてるテーシュヘの合図なのだ。
それを聞くと亭主はすぐに現われて客にお辞儀をし、天候、客の健康のことなどについて挨拶をする。
亭主はそれから茶道具を揃え、火をつぎ足す。
炉の灰は霰をかたどって小さな玉になっている。
次に香炉に香をふりかけて正客に渡す。
正客は注意深くその香炉の上にかがみ込むようにして拝見し、次客以下に渡し、詰めの客はそれを正客にもどす。
正客は粗相がなかったかをもう一度確かめる。
品物を拝見する時、それを高く持ち上げるのは、手を滑らせて落として割るようなことがあってはいけないので失礼とされ、できるだけ畳の近くで持って、落ちた時に壊れないようにする。
これは確かに良い心づかいだ。
それから正客は、裏を上に向け小さな竹片の入った箱を受け、他客に挨拶をしてから一枚取り、次に回す。
各自が一つずつ取って、畳の黒いへりから三目のところに表を上にしておく。
三日月が書いてあればその人はお茶をいただけ、花ならば菓子で、両方いっしょということはない。
全部が竹片を受け取ると、一人ずつお茶か菓子を取りに行く。
歩く時は静かにすり足で、さがる時は後ずさりで席に戻る。
茶の湯には守らなくてはいけない作法が大変多い。
そういうわけで、辛抱強くその形式ややり方を習った人でないと参加するのが不可能なのだ。
茶の湯にはいくつも形式かあるが、一番一般的なのは五人で、大きなお茶碗一つから抹茶を飲む形式である。


今晩は勝家に泊まる。
格好の悪いネマキを着て寝るところだが、枕はまるで処刑用の煉瓦のようであまり気持ちよくない。
夜は台所の隣の茶の問の火鉢のまわりに、みんなで坐ってとても楽しかった。
私たちはおしゃべりをし、勝夫人はお茶を入れたり、お汁粉をかきまぜたりした。
私は英語は全然使わずに、日本語だけを使ってみんなの話に加わった。
お逸は田安公にお目にかかって来たところだったので、大久保三郎夫人が若くて美しく、どんな着物を着ていたかをこと細かに説明した。
私は小さい玄亀、保爾と遊び、子供が必ず喜ぶ「黒い小鳥が丘に二羽。一羽はジャック、もう一羽はジル」と「ブー、カチン」という遊びを教えた。
玄亀は遊んでいるうちに間違って弟をぶってしまったので、甘やかされている保爾は大声で泣きだし、玄亀は「勉強しなさい」といわれた。
養母の内田夫人は保爾を抱き上げた。
「おおかわいそう、眠い眠い」
でも、保爾はしゃくりあげるのを止めない。
夫人は保爾をゆすぶって云う。
「静かになさい。お母さんのところへ返しますよ」
祖母の勝夫人も、こんな警句で孫をあやした。
「ヤーちゃん、そんなに泣くと、庭の狐が聞きつけてつかまえにきますよ。
おおアブナイ。ほら、『コンコンコン』聞こえるでしょ。
泣き虫はいないか? いたら食うぞ。
『コンコンコン』
ほら来る来る。気をつけないと!」
お逸は哀れな玄亀にひどく怒って云った。
「すぐ勉強しなさい」
すると、玄亀はおどおどと答える。
「でもおばさま、ヨ、ヨ、ヨシは今晩、勉強することはありません」
そこで玄亀は就寝時間までいることを許された。
時間がくると一人一人に丁寧にお辞儀をし、小さな声で言った。
「ご機嫌よう、おばさま、今晩の無調法、お許しください」
他の人たちがお風呂に行ってしまったあと、お逸と二人きりで長い話をした。
私は涙を浮かべて告げた。
「お逸さん、私たちのおつきあいのうちに、もし私があなたに愚かな考えを吹きこんだり、悪い例となったりしていたとしたら、たとえ百まで生きても毎日、神に許しを乞いましょう」
私の言葉に、お逸は何も言わずにじっと坐って、火鉢の火を沈んだ目で見ていた。