Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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帰ってきたクララの明治日記 第9−1回

1883年11月19日 氷川町 月曜
今日で私たちが日本に着いてからちょうど一年になる。
そして私の現在の立場から省みて、この一年、私の足は、よくも長いでこぼこ道を歩いてきたものだ。
そして何といろいろなことを経験してきたことかと、驚くばかりである。
ガスリック号の甲板に立って、だんだんはっきりしてくる日本の美しい海岸線を、愛する家族の者たちと一緒に眺めたあの明るい輝かしい日のことを、私ははっきり思い浮かべることができる。
私は山を見た。それは美しく輝いていた。
そして私はそばに立っていた母の手を握り、思った、
「私たちは旅を終えた。日本に着いた。さあ、これから奮闘だ!」
でも私はどのような奮闘かはあまり考えなかったし、何が襲いかかるかなど夢にも考えなかった。
けれど、何か大きな悲しみの影がその朝の陽をかげらせ、私の魂に重い影を投げかけていた。
母の顔を明るくしていたあの純粋な喜びとは異なるものであった。
母は巡礼の旅の目的が達せられたと思っていた。
しかし母にとってこれがすべての巡礼の終わりになるだろうとは思ってもみなかったことである。
今日で私たちの愛してやまない母が亡くなってから七ヵ月である。
更に困ったことは、私が神の恩寵を受ける資格に欠け、去年の今ごろよりも精神的にずっと悪くなっていることである。
またしても到着のあの朝の光景が甦って来て、私は寝台の上で寝返りしながらかすかな暁の光の中に、すでに起きて服を着、港から約束の地を一目見ようとしている母の姿が見えるような気がする。
「フジヤマが見える。さあ、みんなお起きなさい。じき上陸ですよ。
私かちかこんな遠いところまで無事につれてきてくださったことを神様にまず感謝しなければなりまぜん」
そう言う母の声が聞こえてくる。
神に始まり神に終わるのはまったく母らしい。
母にとって神は総てであり、今や母は神を見ているのだ。
おお何とすぱらしい考え! おお私の大切な愛する、やさしい母。
私はあなたが登りついた輝かしい、いと高きところにいつか到着できるでしょうか。
ほとんど毎夜、母の幻影が私の眠りを慰めてくれる。
しかし母がいなくては、なんという疎ましい目覚めであろう。
昨夜、私はまた母といっしょに船の甲板に立っていた。
母はやさしい幸福そうな、そして半ば楽しそうな顔つきをして波を越えて私の方へ漂ってきた、そして私が驚くのを喜んでいるようであった。
母はとても青ざめていた。ああ、何と真っ青なお顔! 
私は歓喜して母にしがみついた。
「ママ」
私は涙をうかべて叫んだ。
「では、本当に行ってしまわなかったのね」
「神様が私を健康にしてくださったのですよ」
「奇蹟ね。神様がママを治してくださったのは!」
私が見るのはいつも母の病気がよくなる夢ばかりである。
私はもっと規則正しく書かねばならないのだが母を失って、野心も全部なくしてしまった。
ミス・ジェーンが先日私に手紙でこのようなことを書いてくださった。
「人は亡き人々のことを嘆き悲しみます。
でも亡くなった人は、望んでいたとおりに生きているのです」
今朝の聖句は「一粒の麦なかりせば、云々」であった。