Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

オリジナルの歴史伝奇小説から出題中の「異文化交流クイズ」外伝シーズン第5回。今回の問題は、とある外国人は「日本人は何処にでも子供と一緒に出かける」ということにひっかけて、その親子関係を『ある動物』に喩えていますが、その『ある動物』とは一体なんでしょうか? という問題でした。
では早速正解部分を引用してみましょう。
『カンガルーがその仔をその袋に入れて何処にでも連れて行くように、日本では母親が子供を、この場合は背中についている袋に入れて一切の家事をしたり、外での娯楽に出かけたりする。子供は母親の着物と肌との間に栞のように挟まれ、満足しきってどんなに機嫌を良くしているかを見ることが出来る』
と云うことで正解は、カンガルーでした。そして更に同じ筆者は続けます。
『日本では人間のいる所なら何処を向いても見ても、その中には必ず、子供も二、三人混じっている。母親も劇場を訪れる時なども、子供を家に残してゆこうと思わない。勿論、彼女はカンガルーの役割を拒否したりなどしない』
さりげない記述ですが、これは西洋人たちの立場からすれば驚くべき事で、父親を含めて(街中で「父親の腕に抱かれた子供が多く見かけられた」との記録が豊富に残ってます)、日本人の親たちが子供連れで出かけていくのは必ずしも健全なところばかりではなく、芝居にしても西洋人の観点からすれば「淫猥極まりないもの」であったにもかかわらず、そういったものを西洋式に子供から隔離するのではなく、共にあることで「社会の仕組みの一つ」として理解させていったわけですね。そのどちらが正しい、という話ではありませんが、かつてこの国にはこの国らしい「子供の教育」があったということだけは、記憶していて然るべきかと。
さて、今週の正解者は……予想外に難しかったのか、ゼノゼノさんとIronさんのみでした。今回は素直に考えた方が正解に達しやすかったと思うのですが「カンガルー」というオーストラリア限定の動物だったのが、意外だったのかと。
では、引き続き、4章後半をお楽しみ下さい。埋蔵金発掘現場にやってきたゼルファとシンイチの前に現れたのは!?


2.
そこは小高い丘の上だった。
丘の傍らには物資運搬用の船が往来する川が流れている。大量の黄金を極秘裏に運ぶのに陸路は使えない。時間が掛かりすぎ、何より目立ちすぎるからだ。
また丘の上は万が一陣を張る事態に陥ったとき、軍事的にも重要な意味を持ってくる。傍らに流れる川は天然の掘として利用できるからだ。確かにここは埋蔵金伝説がそれなりの信憑性をもって語られるだけの価値がある土地といえた。
「これは……壮観ねぇ」
ゼルファが呆れたような声をあげる。無数の穴ぼこが空いている異様な光景。穴は「横穴式方式」と呼ばれる鉱山での採掘法と同じ物で、湧き水を速やかに排出できるよう工夫されたものだ。戦国末期、宣教師により伝えられ、家康の命で鉱山開発を担当した大久保長安が広めたと言われている。
「ふーん、なるほどね。で、問題の人物は何処?」周囲を見回していると、穴の一つから人影が現れた。手にした採掘用の鶴橋を振り上げながら迫ってくる酷く背の曲がった老人の異様な姿に、ゼルファも毒気に当てられて立ち尽くしてしまう。
「貴様も徳川様の埋蔵金を狙っているのか。渡さぬぞ、神君様の宝は再びこの日本国をあまねく徳川様の御支配される地に返すための切り札なのじゃ」
「ああ“神君様”というのは、幕府初代将軍の徳川家康公のことです」
「ふーん」ゼルファは失望したようで素っ気なく云う。だがその英語の掛け合いで老人の相貌が一変する。
「貴様、貴様、毛唐の女か!!」
頬の筋肉を引きつらせ、口元を歪め、細い眼を裂けんばかりに吊り上がらせ、今にも襲いかかってこんばかりの老人を前に、シンイチは笑みさえ浮かべ立ち塞がる。
「お待ち下さい。少しだけ話をお聞き下さい。こちらは英国の新聞記者です。貴方のことをかの国でも是非紹介したいということで横浜から取材にいらしたのです」
少年の言葉は日本語だが、嘘八百を並べているのは明らかだった。小声で叱りつけ睨みつけるが、少年はどこ吹く風だ。
「四面楚歌の中、今は亡き主人に忠誠を尽くし、その再興のために人生を投げうつ。そう、まさに貴方は現代の山中鹿之助。この国の真の侍の持つ素晴らしい精神を夷人どもに知らしめるためにも、貴方の活動を取材させていただきたいのです」
「そうか。それならば儂も考えんではない」老人はそれだけで瞬時に機嫌を直す。「儂がここに神君様の埋蔵金があると確信したそもそもの理由じゃがな」
途端に上機嫌になり滔々と語り始める老人。時折シンイチが要約して意味をゼルファにも伝えるが……老人が語るそれはあまりに空虚で、荒唐無稽なものでしかない。
「貴重なお話、どうも有り難うございました」
最初は御機嫌取りのために、にこやかに受け答えしていたシンイチだったが、流石に辛抱の限界点に到達したらしい。
「シンイチ、気付いてる?」眉一つ動かさずゼルファは問いかける。
「ええ、たったいま。ひょっとして、最初から計算ずくのことだったんでしょうか?」
「多分、違うでしょ?」宿の女主人を疑うシンイチをゼルファはやんわりとたしなめる。それなら食事に痺れ薬でも盛ればいいだけの話だ。
「十、十一人ですか?」
「十二人よ」取り巻く夥しい殺気をゼルファは正確に読みとる。「マスター」
「ん? なに?」周囲に油断なく目を配りながら、珍しいシンイチのおずおずとした問いに反応する。
「ひょっとして……誰かに狙われていらっしゃるんですか?」
妙に間延びしたその物云いに、ゼルファは初めて戸惑いの表情を浮かべた。
「いえ、僕が雇われてからだけでもマスターは幾度も危険な目にあわれていらっしゃいますから、もしかすると、今までのことも偶然ではなく、最初からマスターを狙ったものだったのでは、と」
「……よく気付いたわね」
皮肉のスパイスが幾重にも練り籠められた言葉をゼルファは投げて返する。冗談としては笑えないし、本気だとしたら、少年に対する見方を考え直す必要があった。
「マスター、こんなに執拗に狙われるなんて一体何をされたんです? ま、まさか何かとんでもない犯罪行為に荷担して、懸賞金でも掛けられているとか?」
「冗談はそれくらいにして……」
シンイチの言葉を冗談として強引にねじ伏せる。
「流石に今日は“危険手当を寄越せ”なんて言わないわよね」
「本当は追加料金を頂きたい所ですが、僕とマスターとは無関係だから見逃してくれ、って云っても、そんな雰囲気じゃないみたいですし」
いつもと変わらぬ飄々とした口調。ここに至り老人もやっと異様な空気に気付き、丘の下に駆け出すが、その逃亡劇は呆気なく終わりを告げた。爆発音と激しい黒煙とともに老人の身体は弾け飛び、動かなくなる。


丘を下ったところにある林から現れた、銃を手にした焦げ茶の装束の男たちが、じわじわと近づいてくる。「どうされます? 今なら逃げ切れると思いますが?」ゼルファは丘に登ってくる前に、すぐ下を流れる川岸に船を準備している。「ちょっと待ちなさい」
小声で制しておいて、包囲網を徐々に詰めてくる男たちを一瞥する。
無個性で、目立った特徴のない男たち。ただ、いずれの男たちの脛にも黒革の脛当てがつけられているのをゼルファは確認する。確か横浜で、そして粕壁で対峙したあの男たちも……。
どんよりと重苦しい雲から、ついにポツリポツリと雨粒が落ち始めた。いつの間にか二人は崖っぷちまで追いつめられる格好となる。
「アテが外れた、かな?」
包囲網の中に明らかにこの国の人間ではないと分かる者が一人もいないと判断したゼルファは失望を隠し切れない表情で呟く。しかし彼女の結論は性急すぎたようだ。人垣が割れ、キュロットを履いた初老の男が現れる。
黒のジャケットの裾は腰の部分で扇状の襞となっており、ジャケット下に裾の長いヴエストには美しい刺繍が施されていた。典型的なロココ調の服だ。
男の正体を見極めるや、ゼルファは疲れたような、投げ遣りな態度で言い捨てる。
「やっと御登場? 随分といい身分になったものね。もっともこの国では外人が完全に隠密に動くなんて無理だろうけど」
「やはり餌に食らいついてきたか、ゼルファ・バート!」
「与太話に群がって騒ぎを大きくしているのはあなたの方でしょう? オジェーン・エマニュエル・メルメ・ド・カション」
パリ海外伝道学校卒の神父にして、元駐日フランス公使館付き通訳、メルメ・ド・カション。琉球で日本語を学んだこの男は、一八五八年、日仏通商条約締結のため全権公使グロの通訳として初来日するが、以降幕府とフランス政府の重要な交渉の場においては常にこの男の影があった。
勝海舟は神父でありながら幾度となく政治に介入してきたこの男のことを憎々しげにこう書き残している。
「妖僧」と。


「訂正。十三人ですね」
カションの背後に影のように寄り添う男を見付けたシンイチが冷静に指摘する。
飾り羽のついた軍帽に、青いフランス軍の軍服を身に纏った男は口元を布で覆っていた。
一見典型的なフランス軍人のそれだが、帽子と布の合間から覗く吊り上がった切れ長の眼と左手に握られた日本刀が、男が日本人であることを雄弁に物語る。そしてこの男だけが黒革の脛当てを付けていない。
「知ってる? 貴方、この国では死んだことになってるみたいよ。もういい歳なんだからいい加減引退したら? 貴方の前の飼主も力量にふさわしい末路を辿ったことだし」
「クッ!」ゼルファの先制口撃は的確にカションの弱みを衝く。
カションの仕えた皇帝ナポレオン三世は一八七〇年、ビスマルク率いるプロイセンとの戦争に敗れて皇帝の座を逐われ、五年前、亡命先のイギリスで客死している。
かつての主君を虚仮にするゼルファの口調に怒気を発したカションだが、なんとか平静を取り戻す。
「君の懐に収められている“如月”は我がフランスにとっては太陽王以来伝わる秘宝だ。大人しく渡して貰えるだろうね? それは現在我が国の置かれている危機的状況を打破し、再び栄光を取り戻すために必要不可欠のものなのだから」
「あら、“小ナポレオン”の次の飼主は“正統派”? ああ厭ね、一番左から一番右にだなんて節操もない。そもそも、こんな物に頼らざるを得ないなんて大フランス国も堕ちたものね」
「き、貴様っ!」カションが怒りに肩を震わせる。
ナポレオン三世普仏戦争に敗れた直後パリ・コミューンが勃発、それ以来、フランスは混迷の渦に叩き込まれている真っ最中だった。
戦後、俄か選挙で成立した国民議会は三派に分裂。その妥協の入る余地のない各々の主張により収拾のつかない状態に陥っていた。中でも過激だったのが“正統派”と呼ばれた勢力だ。彼らはフランス革命を否定し、ブルボン王朝復活を目指すという完全に時代錯誤の妄想に取り憑かれていた。彼らはシャルル十世の孫シャンボール伯を擁していたが、主張があまりに過激すぎ、他派との協調が全く不可能となりつつあった。
徐々に大きくなる雨粒が、勢いよく地面を叩き始める。
「でもある意味安心したわ。太陽王の縁の品をシャンポール伯が所持していることを示すことでかつての栄光への回帰を願う人々の支持を得る、か。それはそうよね、まさかこの如月に託されたというアヤシゲな埋蔵金伝説を信じて、お国が大変な最中、わざわざこんな極東の島国まで使者を派遣するわけがないものね。ん? どうしたの、顔をそんなに真っ赤にさせちゃって?」
妹顔負けの毒舌をゼルファは淀みなく吐き出す。「構え!」
怒りのあまり唇を震わせながらカションは叫ぶ。再び築かれた人垣から逃れる術はないかと思われた。
しかし銃口に捉えられ、絶体絶命の危機に陥っているにもかかわらず、ゼルファだけでなくシンイチもその額に汗一つ浮かべていない。
「……そろそろかしら?」
「……そうですね」
二人にしか意味の分からない言葉を呟くと同時に、青白い閃光が空一杯に奔った。
「姉上! シンイチ! あたしだけ置いていくなんて酷いじゃない!」
雷光をスポットライトにして現れたセーラー服姿の少女の甲高い声。それと同時に、轟々たる雷鳴が響き渡る。
二人にはその一瞬で十分だった。立て続けに奔った稲妻が真昼の明るさと漆黒の闇を交互に演出する。
懐に飛び込んだゼルファは抜き撃ちで男たちの右手を砕き、彼らの背後に回ったシンイチはその背中を思い切り押し、崖の上から突き落とす。


あまりにもあっけない一幕だった。
活劇が終わったとき、その場に立っていた影は僅か五つのみとなっていた。
林の中から現れたアイリーンの元に駆け寄るシンイチ。ゼルファは無言で銃の弾丸を詰め替えている。
軍服を身に纏った男はなお主人の背後で幽鬼のように寄り添っているが、カションはただ呆然と立ち竦むしかない。黒雲に覆われた空から、更に大粒の雨が地面を叩き始める。
「ば、馬鹿な!」頬を打つ雨粒でようやく我に返ったカションは身を翻し、そのまま恥も外聞もなく林の方へと逃げだす。
その後を追ったゼルファは、だが凄まじい閃光と同時に奔った重低音が流石の彼女の足をも釘付けにする。その雷鳴が彼女の命を救うことになった。
立ち塞がったのは、幽鬼のように佇んでいた軍服姿の男。立て続けに大地に投げつけられる青い巨大な稲妻が周囲を明るく照らし出す。
〈なんなの、この男!?〉
ゼルファの全身に鳥肌が広がる。
身体を半身にそらし、左肩を引き、右足を前に出した男は、右寄りに傾いだ体勢のまま刀身を平らに寝かせるような構えを取る。腹を突きだした構えは一見無様に映るが、彼女は魂の凍てつくような恐怖に襲われていた。
目の前にいるのは明白な敵だ。しかし男からは何の気配も感じとれない。姿は見えるが、そこには本当は存在しないまるで蜃気楼。
「天然理心流の下星眼?」
シンイチの呟きが風に乗って飛び込んでくるが、それが何を意味するのかの問いさえ今の彼女に発する余裕はない。
気付いた時には男は間合いに入り込んできていた。
無造作さに繰り出される男の刺突。だが、それでも一拍躱すタイミングが遅れた。
雨を吸い込み重くなった長い髪が数房飛び散る。更に男の繰り出された突きはそのまま横薙ぎの斬撃となる。
次の瞬間、弾け飛んだピースメーカーがぬかるんだ赤土の大地に叩きつけられていた。
痺れる左手に耐えながらゼルファは必死に男との間合いを取る。雨に濡れた全身が異様に重く感じられた。まるで彼女の周りの時だけが切り取られてしまったかのようだ。
先程まであれだけ激しかった雨も、その激突に呆気にとられたかのように沈黙する。
如何に体術に優れ、銃の抜き打ちが早くとも、彼女には職業的暗殺者ほどの超絶的な戦闘能力があるわけではない。その闘いは常に「専守防衛」なのだ。
刀を振り下ろす。銃の引金を引く。いずれもそこには行為者の「人を死に至らしめる」という明確な意志が籠められている。彼女は敵のその意志を読みとることにより、一瞬の差でそれを制してきたのだ。
だが、この眼前の男には何もない。まるっきり空っぽだ。男の攻撃には人が人を殺すという意志が欠落していた。刀を振り上げ、斬り捨てる。ただそれだけの事でしかない。
ひときわ強烈な閃光が男の影を鮮明に浮かび上がらせる。
慎重に間合いを取っていた筈にもかかわらず、一瞬で男に間合い踏み込まれていた。
「!」
流石のゼルファも一瞬死を覚悟する。だが雷鳴の止み間に、彼女の頭上に降ってきたのは白刃ではなく、のんびりとさえ云える警告の文句。
「マスター、行きましたよぉ〜。危ないから気を付けて下さぁ〜い」
猛烈な勢いで彼女の足下まで駆け寄っていた黒い影――勿論、猿のカペだ――一気に肩口まで登って来たと思うと、その手にした“細長い棒状のもの”をゼルファの前に突き出す。それは十インチほどの長さの筒状の物体で、一方の先端から紐のような線が延び、その先端には火が付けられている。
そう云えば……とゼルファは唐突に思い起こす。サンフランシスコ出航前夜、あの娘、こそこそと買い物に出かけてた挙げ句、何を買ってきたのか決して見せようとしなかったっけ……って「ダ、ダイナマイトぉっ!?」
慌ててカペの手からそれを分捕ると、ゼルファはそのまま無数の縦穴の一つに投げ込み、その場に伏せる。
次の瞬間、凄まじい爆音とともに、繋がれた横穴は連鎖状に全て弾け飛び、彼女は崩れ行く地面へと叩き込まれた……。


空を覆っていた黒雲はちぎれ、その合間から再び陽の光が戻ってきていた。
「いくらマスターを助けるためでも流石にアレはまずかったのでは?」
崩れ落ちた地面に棒を突き立てながらシンイチが云う。だが言葉の割に口調には深刻さが欠けていた。主人を見捨てて一足先に逃げ出したカペも見様見真似でそれに倣う。
「大丈夫よ、たとえ世界が滅んだとしても、姉上だけは生き残ってるんだから。それに今回のことは姉上が悪いんだもん! こんな面白いことがあるのに私を置いていっちゃうんだから」
同じく棒を突き立てながらアイリーンがふて腐れたように云う。そんな少女の足首を地面から突きでた手がガッシリと掴んだ。
「か、勝手なことを云ってんじゃない!」地中から這いでながら怨みの声をあげたのは勿論彼女の姉だ。顔も、髪も、服も、泥だらけになり、ゾンビさながらの姿になってはいるが、幸い無傷のようだ。
「ほらね。やっぱり大丈夫だったでしょ?」
「ホントですね。そうか、あれくらいなら全然平気なんだ」
「アンタたちねぇっ!?」
なんとか最後の自制心を働かせ、ゼルファは視線を走らせる。
「カションなら逃げちゃったよ。あの軍服の男は、まだ埋まってるんじゃないかな?」
「どうして!? カションはアンタたちの方に逃げた筈でしょ!?」
「だ、だって……あんな老い先短い爺さんのことよりも姉上の方が心配だったんだもん」
アイリーンは途端に涙目になる。そして口では何を云おうとも、ゼルファは無条件にこの眼に弱い。
ぷいっと背中を向けるのが、彼女に出来るせめてもの妹への腹いせだ。シンイチの忍び笑いがその背中を叩く。
だが、そんなゼルファの背筋が一瞬にして凍り付いた。地面から突き出た腕が今度はがっしり彼女の足首を掴んだのだ。
先程のあの男だとしたら今すぐ倒さねば勝機はない! 彼女は懐をまさぐるが愛銃は先ほどの闘いで叩き落とされてしまっている。
捕まれた足を必死に振り、手を引き剥がそうとするが……それは逆効果となった。その手の主の、地面からの脱出を手伝うことになってしまう。
「でっ!?」
だが、意外や意外。這い出てきたのは、撃たれた筈の埋蔵金を発掘していた老人だった。どうやら衝撃波で気絶していただけらしい。
老人は足首を掴んでいた反対側の手に、小さな金色の仏像らしきものを握りしめている。
「見よ! これこそ神君様の黄金像。紛れもなくこの地に東照大権現様の財宝が埋められている証拠じゃ! こうしてはおれん。早く人足を集めて再発掘に掛からねば!」
興奮を抑えきれず、一息でそこまで吐き出した老人はゼルファたちに目もくれず、丘を駈け下っていった。
「……どう思う?」
目前の光景に呆気にとられていたゼルファが、やっとの想いで傍らの少年にそれだけ問う。
「そうですね。やはりアレは我々の注意を引きつけるために先程の連中が用意しておいたものではないかな、と僕には思われますが」
「そうよね、罪作りな話よね」
泥だらけの顔のまま、ゼルファは大きな溜息をついた。
老人と彼の子孫たち。彼らの百年以上に渡る埋蔵金発掘の歴史はまた別の物語となる。
(続く)


次回は再び「幕間」で、舞台は「お約束w」の温泉となります。