Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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本来なら新シリーズ開始を予定していましたが、予定を変更して「帰ってきたクララの明治日記 超訳版」をお送りします。
普段なら日記を先に紹介して解説するところですが、今回は「空白」を埋めるための解説を先に、前シリーズと同じく解説を、お逸(勝海舟三女)とユウメイ(中国系アメリカ人初の正式な女医)にお願いします。


「お久しぶりの更新となります。勝海舟三女で、クララの一番の親友であるお逸こと勝逸子です」
「同じくクララの友人ユウメイですわ……って、再開を待たせた挙げ句、結局シリーズの続きですの?」
「本当は新シリーズを始めたかったのだけど、とりあえず“場繋ぎ”ってことで、なんとか書けるこのシリーズをね。
……無理をしてでも毎週更新って大事だよねぇ。一度書けなくなった作家の続刊がなかなか出ない気持ちがほんのちょっぴり分かったり」
「はいはい、言い訳をする暇があったらさっさと解説に入りますわよ」
「1880年1月26日のクララたちの離日後、イギリスまで辿り着いたところは前シリーズの最終回の解説でしたんだっけ?」
「ええ、貴女の結婚の報をクララがイギリスで聞いたところで解説は終わりを迎えましたわ。クララの“少女時代”の終わりを告げるエピソードとしてね」
「その後、一家はアメリカに渡ります。クララの兄であるウィリスの医学完成のためね。
ウィリイさんの1881年の卒業記録はペンシルバニア大学に残っています。
このアメリカにいる際のクララの日記は原本である『クララの明治日記』では翻訳されていないけど『津田梅子とアナ・C・ハーツホン』という本の中で、実は少しだけ読むことが出来ます。
ただ、日本とは全く関係ない記述な上、宗教絡みの要素が強いのでまた別の機会にするね」
「ちなみに、日記が再開されたのは1882年1月1日ですので、本当に日本に戻ってくる直前のクララの様子が分かって興味深いですわ。
お逸が宗教絡みの要素が強いと評したのは、キリスト教のとある宗派の人々と強く交わって、彼らとの親交を深めたが故ですけれども、それでもアンナ夫人は、遂に生涯特定の宗派へ傾倒することはなかったようです。
ですから、再び日本に戻ってきたのも、ただ純粋にアンナ夫人の“キリストの教えを広めるため”という意志故のようですわ。
ウィリイさんに医学を学ばせたのも、クリスチャン医師になって貰う為だったようですし。
ちなみに、この時のクララの交友関係から津田塾大学創立者である津田梅子の人生にも深く影響を及ぼすことになるのだけど、それもまた別稿で紹介することに致しましょう」
「さて、また本題に戻って、ウィリイさんの大学卒業後、また家族ぐるみで日本行きの準備が始まったのだけど、クララの父であるウィリアムさんが病に倒れて出発が遅れてしまいます。
それでも1882年4月12日、フィラデルフィアを出発。今度はロンドン経由で、先の離日と丁度逆のコースで日本に向かうのだけど」
「ロンドンでクララのお父様は再び発症。四ヶ月の入院治療も虚しく、そのまま8月29日に亡くなってしまいます。
それでもアンナ夫人は日本行きの意志を捨てず、9月23日にロンドンを出発。横浜着は1882年11月18日のことになりましたの」
「この時、クララは二十二歳。もう確かに“少女”っていう歳ではないよね。
実際、私もこの時にはもう結婚しちゃってて、一児の母になってるし」
「といったところで、再びクララの明治日記は再開となります。
……この後訪れるクララの人生にとって最大の悲劇を知るはずもなく」
(終)