Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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クララの日記 超訳版第4回−2

10月9日 土曜日
 今日は富田夫人と芝に住む夫人の叔父様を訪問することになった。夫人の元の名前は杉田阿縫というそうだ。
 杉田玄瑞先生の家は日本風の造りで、芝の美しい高台にあり、前と後ろに見える江戸湾と東京の眺めが素晴らしい。蕃書調所という江戸幕府蘭学を学ぶ学校の教授を務めていた先生は杉田家の養子で、この国で初めて西洋の医学書を翻訳した杉田玄白という人物とは直接の血の繋がりはないそうだけど、同じ一門であり系譜的には直系に当たるのだという。日本人の家系の繋がりの複雑さは我々アメリカ人の理解の及ぶ範疇ではない。
 最初に茶の間に通され、家族の方々に挨拶をして、アルバムを見せて頂き、御菓子をご馳走になった。
「いらっしゃい」
 足音に振り返ると丁度ご長男の武氏が帰ってこられたところだった。ここに来るように誘って下さった感じの良い方だ。お辞儀をし、挨拶を交わしてから「とても気持ちの良いおうちですね」「いえいえ、狭くて汚い家でお恥ずかしい限りです」と日本人にとっては「お約束」の会話をかわす。我ながら素晴らしい順応性。日本人は他人のものは褒めそやすのに、自分の持ち物はこのように貶すのだ。
 ともあれ、ここで英語が話せるのはこの青年だけなので、とても親切に私の面倒を見て下さった。奥様を紹介して下さったが、なんと日本人としてはこの上もなく綺麗な十六歳の可愛い少女だった!
「ところでクララさんのお母様はキリスト教の伝道に熱心だとか」
「母を御存知なのですか?」
 玄瑞先生の言葉を武さんに通訳して貰う。
「なに、私の蕃書調所時代の弟子に、新島七五三太という若い者がおったのだが、ある日突然、函館から消えたというので心配しておったのだ。それが突然先年欧米に派遣された岩倉使節団と一緒に帰国してな。なんでもアメリカに密航しておったとか。
 私の所にも挨拶に来たのだが、学問だけでなく、随分キリスト教についても学んできたようだ。伝道に熱心な母上なら、さぞ話が合うとおもってな」
「分かりました。機会があれば会ってお話しするように母に伝えておきます。新島七五三太さんですね?」
「いや、それは幼名でな。米国でJoeと呼ばれていたのに漢字を充てて名前を変えたそうだ。新島襄、と」


 それから叔母様は私のために琴をお弾きになり、お婆さまは日本の三味線を聞かせて下さった。その楽器は象牙のばちで弾いて弾くもので、それに合わせて歌を歌うのだった。私はお二人に、ご長男を通じて「お上手ですね」と褒めた。……内心で巻き起こる「音楽」に関する欧米とこの国の価値観の絶望的な断絶をひた隠しながら。
 この欺瞞に満ちたお世辞というものの厄介なこと! 日本人の家を訪問するときは、お世辞の本を小脇に抱えていくだけの価値がある!
 お二人は同じくご長男を通じて「下手ですいません」とお謝りになった。
 床に座っていたので足が痺れて苦しかったけれど、出来る限り上品に微笑んで見せた。それからお庭を見せていただき、先生のお友達の薩摩の殿様の茶畑に案内されて、私がお茶の木の柔らかい艶やかな葉に感嘆すると、木を一本分けて下さった。
 家に入って日本の夕食をご馳走になった。ナイフとフォークを遣い、洋式ではあったけれど、周囲の東洋的雰囲気のお陰でまったくロマンチックで夢のようだった。
 六時半に武さんが私を家まで送って下さった。この国でもアメリカと同様、夫人が一人で夜出歩くのは外聞が悪いからである。