Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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クララの日記 超訳版第4回−3

10月13日 水曜日
 日本人と知り合いになってから随分楽しい思いをし、日本人がますます好きになってきて、気持ちの良い毎日を送っている。だけど、言葉の壁は厳然として私たちの前に立ち塞がっているのだと実感させる、でも滑稽な出来事が今日あった。
「あら、お帰り、兄さん」
 夕食の少し前。居間の扉が荒々しく開かれたかと思ったら、買い物に行っていた兄のウイリィだった。思い切り肩を怒らせている。
 ウイリイは普段は優しいのだけれど、同時に癇癪持ちでもある。これまでも些細な事で母と言い争いになって、何度か家を飛び出してしまったことがある。
「一体何なんだ、この国は!?」
 憤懣やるかたないとばかりに叫ぶ。私に叫んでも仕方ないのに。
「俺は母さんのために、ペパミント・キャンディを買いに行ったんだ! ちゃんとお前に聞いた言葉通りにだぞ!!」
「ええ。だから私、教えたわよね? ペパミント・キャンディの日本語は『ハッカ』だから『ハッカを下さい』って店の人に云えばいいって」
「そうだ。だから、俺はちゃんと『ハカを1ポンド下さい』と伝えたんだ! なのにヤツらときたら、俺のことを笑うばかりで」
 私は同席していた中原氏と高木氏と顔を見合わせる。……確かに外国人は一般的にアクセントの位置には無頓着だ。日本語の「ハッカ(薄荷)」のアクセントは後の音節にある、なんて云っても首を傾げるだけだろう。
「そもそも教えられた場所の近くで『ハカを売っている場所を教えて欲しい』と茶屋の主人に聞いたら、石の並んだ店を紹介された時から変だ変だと思ったんだ。『本当にハカがここで売っているのか?』と繰り返したにもかかわらず『ここで間違いない』ってな」
「…………プっ」
 最初に堪えきれなくなったのは私だった。私の笑いはあっという間に中原氏と高木氏に感染した。呆気にとられてただ私たちの爆笑の渦から置いてきぼりにされるばかりのウイリイに、中原氏が丁寧に同音異義語とアクセントの違いを説明する。
 これで一件落着。
 そう思いきや兄は「もう二度とペパミント・キャンディなんて買わない」と宣言した上で、突然矛先を変えて日本のサムライたちへの批判を始めた。
「噂に聞いたぞ。何百人ものサムライと貴族が大阪や東京で会合し、外国人を追放して古い習慣を復活させようとする方策を練っている、ってな。日本人は俺たち外国人を本当は疎ましく思っているんだろう!? もし我々に危害が加えられれば、白人種全部が決起して立ち向かい、そのような愚か者の名を血で拭い去るからな。そして海外列強の報復を招いた挙げ句、文明化とキリスト教精神を取り入れる希望も全て失ってしまうだろう!」
「兄さん、そんなことを中原さんと高木さんに云っても仕方ないでしょう!」
 だけどその噂は確かに私も耳にしていた。あと同じように、少し前から「日本と朝鮮との間に戦端が開かれる」という話もまことしやかに流れていて、現にうちの近所でも兵隊の大行列が行進し、射撃訓練を行っている。
「いま戦争を起こすなど愚の骨頂ですよ」
 報知新聞の記者でもある中原氏が冷静に指摘する。「いま日本の借金は千四百万ドル。しかも朝鮮と事を構えても実際に出てくるのは清国です。それだけの戦費を調達する余裕などありませんよ」
 中原氏のように冷静に判断出来る人たちばかりなら、私たち外国人を追放しようなんて考えないだろう。だけど、私たちアメリカ人が善人ばかりでないのと同様、日本人がすべからく聡明なわけではない。
「神様、どうぞ私たちを恐ろしいことからお守り下さい。そしてこの国に無事に滞在して帰国できるようにしてください」私は心の中で呟いた。
 そんな人たちは極めて不実な友であり、残酷な敵なのだ。もしそのようなことが起こったら、ただではすまないだろう。私たちの友達であるこの国のサムライ階級出身の人たち全員が、私たちを守ってくれるだろうとはとても思えない。
「少なくともホイットニー先生とご家族は私が命を賭けてお守りしますよ」
 私の心の中を見透かしたように、高木氏が静かに云う。勢い込んででも、気負ってでもない。ただ淡々と、為すべきことを為すだけの職人のような静かな姿勢で。
「私がサムライとして仰いだ最後の旗の名にかけて」