Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

クララの明治日記 超訳版第14回−7

1876年5月13日 土曜日
今朝、富田夫人と二人で御菓子を焼いたので、とても忙しかった。ビンガム夫人が「若き主婦の友」という素晴らしい料理の本を送って下さったので、大変重宝している。
十時にうちの近くの公園で、陸上競技協会が競技会を行った。裏の窓からこの競技場が見える。間もなく中原氏が来て、富田夫人と私に「見に行かないか」と誘った。
私は「ほんのちょっとだけ行ってすぐ帰るならいいかな」と思った。しかし、この「ほんのちょっとだけ」という決心を守らなかったのが今更ながら悔やまれる。
競技場の周りを歩いていると津田仙氏に会ったが、和服だったので通り過ぎるまで気が付かなかった。
まだ五月だというのに、陽はとても暑く照りつけていた。しかも競技はつまらなかったので、中原氏の提案で競技場に隣接している精養軒に行くことになった。
通されたのはとても感じの良い特別休憩室だった。経営者だか、副経営者だかがいて、窓辺に席を三つ取ってくれた。中原氏は一生懸命楽しくしようと気を遣って下さるのだけれど、私はなんだかつまらなくて、家に帰りたいと思った。
ここで自分の気持ちに素直に従って帰っておけばよかったのだ。そうであれば、次に書くのも恥ずかしい、思い出しただけで憤りでかっとなる、とても嫌なことに遭わなかったというのに。
私たちはそこで静かに坐って、高笑いのような人目を引くようなことなどもせず、低い声でお喋りをしていた。そこへ一人の外国人が入って来た。彼は一度は何も云わずに出て行ったのだけれど、間もなく若い男の人と一緒に戻ってきた。
私は彼らを気にも留めていなかったのだけれど、やがて一人が突然叫んだ。
「あっちの窓の方がよく見えるぞ」
男たちは無遠慮に私たちの座っているところまで来て中原氏と私の間に立った。中原氏は立ち上がってその人と握手して話しかけ、私を紹介した。
握手だけはしたけれど、なんだか話をしたくなかったので、窓の方を向き、富田夫人を紹介もしなかった。その人は中原氏と、競技と音楽について少し話をした後、突然云った。
「坐りなさい! 坐りなさい!」
その口調から、私に云っているのだとは思わなかったけれど、中原氏が坐ったので私も坐った。
「……なんとなく好きになれそうにない人だな」
私はようやく自覚したのだけれど、中原氏は軽率にも彼に椅子を渡した。するとその人は椅子を中原氏と私の間に置き、私の方にじりじりと寄ってきたのだ!
中原氏に窮屈な思いをさせたくなく、私の側に隙間があるので、こっちに寄って来るのだろうと思い、私が窓の方に詰めると、彼まで寄ってきた。
プンとアルコール臭が鼻につく。それでも私は無知で何も気が付かなかった。その人は大人で、私はまだ子供だし、こんな若い子供に注意を払うなんて考えなかった。
ところが次の瞬間、彼は……私の椅子の背中に手を置き、それから私の膝の上に手を滑らせて、私の手を握ろうとしてきたのである!
初めて会う人の、そんな無遠慮な仕草に私は吃驚仰天したが「この人は酔っぱらっているのだ」という考えが突然閃き、飛び上がって中原氏の側に行った。
「!!!!!!!!!!!!!」
あんまり憤慨していたので、何を云ったか殆ど覚えていない。多分「席を変えてくれ」というようなことだったと思う。それから心を落ち着けて、中原氏に向かって憤然と叫んだ。
「こんな侮辱には耐えられません。家に帰らせて頂きます」
私の憤慨の叫びに、その外国人たちはさっと立ち上がり、もう一人と部屋から飛び出していったけれど、もう一人の方は依然として下品な笑いを浮かべていた。


中原氏はすぐに立ち上がり、私について外に出たが、私はしばらくは口もきけなかった。
「本当にすみません、知らなかったものですから」
必死に弁明する中原氏。
「私には分かっていました。入って来た時からお酒の匂いがしていたんですもの!」
私が語気を荒げたのは、あんな人たちを迂闊にも呼び寄せてしまった事じゃない。中原氏がその外国人に非難や怒りの言葉を一言も云わないで、人を逸らさぬ、口先だけのような柔らかい態度で静観していたのがとても癪に障ったからだ。
もしウィリイか、知り合いのアメリカの青年だったら、あんな人はきっと殴り倒していただろう。それなのに、中原氏は「知りませんでした」としか云わなかった。
もし中原氏が怒った様子を見せたら、私だってそんなに気を悪くしなかっただろうが、彼はただ私を見て微笑するだけだった。
中原氏はいつもにこにこしている。決して苛立ったり、癇癪を起こしたり、人を馬鹿にしたりすることはなく、いつも笑みを浮かべている。しかし「何事にも潮時というものがある」のだから、にこにこもいい加減飽きが来る。
「あの方は本当に心配していらっしゃったんですよ、悪い人なんて今まで会ったことがない方だから」
後で富田夫人がそう取りなされたけれど、きっとあの外国人はがっしりとした体格の人だったから、中原氏は怖かったのだ。
中原氏は私が会った日本人の中で一番完璧な紳士である。それなのに、あれほど外国風の態度と作法を身につけているその中原氏ですら、婦人に対する本当の騎士道精神――日本人はあまりにも欠けているもの――を学んではいないのだ。
ひどく不愉快だから、もうこのことはやめにしよう。
特にこの国に来ている悪い外国人のことは随分聞いていたが、出会ったのは初めてだ。
ああ、忌まわしい土曜日! 今朝跪いてお祈りした時、この明るい一日がこんな恥辱で終わろうとは思いもしなかった。
でも私はこのことから教訓を学んだ。つまり、イエス様にもっと近づいて、清らかで汚れのない生活を送らなければならない! 
そうすれば安全である、いや安全であるだけでなく幸福でもあるのだろう! そして、今イエス様と母のそばにいて幸せであるように、今後一生祝福を受け続ければ、私の運命は、それは幸せなものになるだろう!