Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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クララの明治日記 超訳版第15回−5

1876年5月24日 水曜日
今日、津田氏が、お庭に苺を摘みに来るように招待して下さった。
朝の仕事を片付けてから出かける用意をし、十時にビンガム夫人に会いに公使館へ行った。
「昨日夕食会をして疲れたので、まだ寝ているのですよ」
だけど、部屋に入ってこられてそう云ったのはビンガム公使だった。ビンガム氏はとても親切で、いろいろなことを気持ちよくお話になった。
「今度来て娘のメアリと一緒に歌を歌って下さい」
公使はそう云われたけれど、メアリは魅力的な青年と婚約しているので、こんな小娘と歌を歌う暇などおありかしら?
ビンガム公使は、人力車のところまで送って下さって、別当を呼び、私を人力車に押し込んで握手をし、帽子をちょっと上げて「さよなら」と仰った。外国人が何人も通りかかり、アメリカ公使がそんなに愛想よくあしらっている相手は誰かと、物珍しそうに眺めていた。
それからハイパー夫人の家を訪ねて、約束した子猫、可愛い子猫を二匹貰って帰った。
一匹は白で、一匹は灰色だが、なんとまあ、どちらも尻尾がない! これはちょっとした問題である。尻尾がない! それも生まれつき! 日本人は尻尾のない猫は美しい宝物だと思っている。


一時半に私たち、つまり、母と富田夫人とアディと私は出発した。
風が吹いて埃っぽく、あまり気持ちの良い日ではなかったけれど、間もなく目的地である今年出来たばかりの麻布の学農社に着くと、津田氏がお庭で私たちを出迎えて下さった。福沢先生と一緒にアメリカに洋行されたり、ウィーン万博にも書記官として随行された経験のおありになる津田氏はとてもお喜びになった様子で、英国風の家に招き入れて下さった。
それはとても小さな家で、お蔵の上に建てたものだった。長い馬車道が門と花園まで続き、向こうは畑、池、丘、竹林などがあった。
津田夫人は、生まれて二十二日目の坊ちゃんに会わせて下さった。十七歳のお嬢さんがいたが、津田氏は紹介しながら「この人は天涯孤独の孤児なのです」と云われた。兄弟姉妹も、おじさんも、おばさんも、祖父母も、親戚は誰もいなくて、私たちの家に住み込みで来て勉強したいと云っているそうだ。サムライの家柄の出で、<日本流の考えによれば>教養もある綺麗な人だ。表情がとても気持ちよく、声は非常に甲高い。
親切なご主人が用意して下さったお菓子とお茶を頂いてから、苺摘みに誘われた。
花園を通り抜ける時、津田氏は今まで見たことのないほど美しい薔薇を何本か折って下さった。可愛いいピンクのものもあり、白や濃い紅や深紅色のものもあった。本当に、こんなに豊かで華やかな色は見たことがない。日本の花はすべて、このように明るい色をしているのだけれど、残念なことに香りが乏しいのだそうだ。ここにある薔薇の大部分アメリカやヨーロッパから輸入された物で、日本に入って二、三年経つと香りを失うけれど、色が新しく美しくなると云う。
「好きなだけお取り下さい」
苺畑で籠を渡されると、その言葉が繰り返される必要もなく、私たちはさっさと摘み始め、すぐに籠は一杯になり、指と口は赤く染まった。
太陽はあまり暑く照りつけなかったので、気持ちよく摘むことができた。それから、庭というより農場といった方がいい所を歩き回った。池を渡り、丘に登ると、そこから見える四方八方、皆津田氏の所有地だった。
津田氏はクリスチャンなので敷地に教会と大きな校舎を建てている。日本初のメソジスト派第一号の信者で、奥様と一緒に洗礼されているそうだ。大きな男子の農業学校を経営していて、すべてご自分の費用で維持しておられる。このことは本当にお国のためになることだ。陛下は「津田氏の成功を祈る」と仰ったそうだ。


それから、津田氏は蚕を見に連れて行って下さった。私は蚕を見たことがなかったので、とても興味深かった。蚕は一インチくらいの長さで、長く直立した頭の真ん中に赤い点があるが、これが口なのだろう、多分。桑の葉の寝床の上に恐らく何千匹もいたけれど、丁度脱皮中なので何も食べていなかった。津田氏によると、この期間蚕は断食するという。
このあと、竹や桑や松とあらゆる種類の果樹のある快適な敷地を歩き回ってから、家に入った。津田氏は朝鮮あざみを摘んで料理させた。しばらくそれを食べてみると、今まで味わったことのない風味のものだった。最初とても変わっている思ったが、冷たい水を飲みながら食べたら美味しかった。
津田氏は、日本人画家にご自分の絵を描かせていらっしゃるけれど、とても素晴らしい。同じ画家が描いた薔薇の油絵もあった。
それからまた津田氏はとても珍しい植物を見せて下さった。種がこの植物に実ると虫に変わり、虫は地面に潜り込んで胚になり、植物として発芽してくるのだ! これは本当に驚くべきこと、つまり自然の驚異である! これは動物界と植物界の中間物であり、まったく驚くべきものだ。この植物は綿花に似ていて、根は長くて黒い。日本人はこれを「冬虫夏草」と呼んでいる。
うちは麻布からは遠いので、もう帰らなくてはならない時間になったところへ、ミス・スクンメーカがおみえになった。この方は津田氏の近くの日本家屋にお住まいで、津田家をよく訪問なさるのだそうだ。アメリカから来た宣教師で、大きな女子学校を持っている。
私が帰るとき、津田氏は大きな箱一杯の花と、苺の籠を幾つか下さった。梅子というお嬢さんは今アメリカで、確かランマン夫妻の家にいらっしゃる。ジョージタウンの学校に通っておいでだそうだ。十一歳なのに、たった五歳の時にアメリカに行かされたので日本語が喋れない上、とても熱心なクリスチャンだということだ。
日本に戻ったらさぞ苦労なさることだろう。