Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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クララの明治日記 超訳版第17回−6

1876年7月8日 土曜日
駿河台に住んでいるスージーに招待されていたので、二時にケーキを焼き終わってからアディとコクラン家へ行った。スージーは丁度私と同じくらいの年で、二、三ヶ月私より下だと云うけれど、動作は私より大人びている。
コクラン氏はカナダの宣教師で、自分たちのことをイギリス人だと仰っている。だけど、それはきっと嘘だ。アクセントや態度から見るとアメリカ人にしか思えない。
今住んでおられるところは日本人の建てた家で、あまりいい家ではないが、やがて築地に越すつもりだと云われる。お子さんはスージーが十六歳、ジョージ十三歳、モード九歳の三人で、同じ年頃のアディとモードは大の仲良しだ。
一方、スージーと私はお互いにあまり好きではないけれど、とてもいい友達だ……と、先日お逸に話したら、首を傾げられてしまった。私の伝え方がおかしかったのだろうか?
スージーと私は五時に、近くに住んでいるエマ・ヴァーベックの家を訪ねた。
「は〜い、どなたかしら?」
エマはいつもの落ち着いているというか、無頓着というか、微妙な表情で戸を開けたけれど、来客が私だと認識するなり、飛び出してきた。
「まあ、クララ! あなたが来るとは思わなかったわ!」
スージーに家に引っ張り込まれた私は、そのまま客間に行って、五十個ぐらいはある茶碗の収集を見せて貰った。チカリングのピアノが二台あり、ウィリイ・ヴァーベックが十二ドルで買った美しいアラビア馬がいる。
ここでしばらく過ごしているうちに、スージーとエマはお互いにあまり好きではないことが分かった。
「……………」
「……………」
二人の間に垂れ込めた空気が何とも重いので、いくら鈍感な私でさえ気づかざるを得なかった。
その後、お呼ばれすることとなったコクラン家での夕食に燻製の牛肉が出たのだけれど、フォークは出されなかった。
「どうしてフォークは使わないの?」
無邪気に聞いたアディにその場の空気が凍り付いた。我が家ではフォークが置いてあるのが常識でも、必ずしも他家も同じとは限らない。
「……ええ、時々使いますよ」
コクラン夫人は婉曲的に答えられたが、明らかに少しむっとしておられたので、私の顔は恥ずかしさで真っ赤になってしまった。


丁度その頃から雨が降り始め、しばらくはやむ気配もなかった。
この後、九段で花火を見る予定なのでウィリイが私たちが迎えに来てくれた。
「……もうやだ。ねむいからいかない」
アディは行くのを厭がってごね始めたので、仕方なく花火大会が終わってからウィリイが迎えに来ることにした。
スージーと私が一台の人力車に、ジョージとウィリイが別の一台に乗って、花火大会へと向かった。案内された先は九段の競馬場に面した感じの良い茶屋で、周りは既に人でごった返していた。花火を打ち上げるための櫓が組み立てられ、提灯が吊してあった。
私たちを招待なさった成瀬隆蔵氏が迎えてくださった。成瀬氏はこの近くに住んでおられて、ここはお友達の家である。ご両親もご一緒だったが、令息ほど顔立ちは綺麗ではなかった。
「クララ、いらっしゃい!」
驚いたことに先客として出迎えてくれたのは、お逸と義理のお兄様の疋田氏だった。二階に上がると、花火が坐ってよく見えるようにと大きい窓の簾が取り外してあった。
競馬場には提灯が賑やかに灯り、七夕を祝って五色の紙で飾った竹が揺れていた。室内には行灯が二つあった。成瀬氏はとても気を遣って、カステラ、スシ、お茶、すもも、桃などをたっぷりとご馳走して下さった。
暗くなると美しい夜空に星と月が明るく輝いた。花火は百五十個打ち上げられる予定だそうだけれど、進行がゆったりしていたので、終わるのは十二時過ぎになってしまいそうだ。
筒型花火や打ち上げ花火が多かったけれど、特に大きいのは素晴らしかった。木のような形で火がつくと、十本の綺麗な明るい枝に分かれて金色の雨を降らせ、金色の実をつけたように見えるのもあった。
私たちは一足先の十一時半には帰ることにしたけれど、成瀬氏が送って下さった。
夜空には雲一つなく金色の月が静かに照り、何もかも、燦然と澄み切った月光を浴びて金色に染まり、星もまた明るく輝いていた。
私たちの人力車は、しきりに降り注ぐ月光の下とで大きな木々の影が両側に続いている茂みの中の道を、上り下りしながら進んで行く。
スージーと別れてから、私たちは別の人力車で黙々と進んだ。成瀬氏は黙って彫像のようにまっすぐな姿勢で坐り、時々頭を反らして月をご覧になった。成瀬氏が夜の美しさを感じていらっしゃるのは月明かりの中でよく分かった。
古い館や大名屋敷の塀を通り過ぎたが、月光はこういう建物の古い年月に敬意を表するかのように、優しく照らしていた。
この古い塀や家がもし話すことが出来たら何を語ってくれるのだろう? ふと私はそんなことを思った。