Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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クララの明治日記 超訳版第19回−1

1876年8月26日 土曜日
きっかけは昨日届いた母からの手紙だった。「アディを連れて江の島に来るように」と。
というわけで、昨晩のうちに素早く旅支度を調え、今朝の午前7時に家を出発した。
こういう時に頼りになるのがウィリイだ。「まずは神奈川まで御者を二人付けた馬車で行き、それから先はうちの人力車で行く」という計画を立ててくれた。途中までは人力車に私たちの荷物を載せておくわけだ。おまけに、私たちが馬車に乗る時には面倒を見てくれて、御者と打ち合わせまでしてくれた。
だけど天候は生憎の空模様。もっとも道路は最初のうちは、市内の低く汚い地域を走っていたけれど、進むにつれてよい道になっていったのは幸いだった。
昼頃になって端道茶屋に立ち寄り、二階に上がって持参のサンドイッチを食べた。
茶屋の女の人たちはとても好奇心が旺盛だ。私たちの年齢、兄弟姉妹のこと、両親のこと、何処から来て何処に行くのか、それは何故か? と根掘り葉掘り聞いてきた。
「ああ、それでは水曜に通って行かれた外人さんがご家族でしたか」
どうやら母たちもこの店に寄ったらしい。そうだと分かると、更にお節介になってますますしつこく質問してきた。
曰く「富田夫人はヤクニンの奥さんか」「セイキチはうちのボーイさん<横浜では家の料理人や使用人をこう呼ぶ>なのか?」等々。
彼女は非常にお喋りさんだったが、それは単に女の好奇心からだろうし、同時に私には自分の日本語の知識を見せびらかしたい気も少しあったので、結構面白かった。


食事を終えて道程を再開したのだけれど、雨は依然として叩きつけるような勢い。
思案して私は巡礼の着る、あの風変わりな、房のついた菰を買ってみた。
しばらく行くと田圃の真ん中に伸びる田舎道に出た。この辺の道はぬかるんだ砂が多く、雨もやんだので、私たちは降りて一マイルばかり歩くことにした。菰を買っておいて正解だった。
それからまた車に乗っていくと、一人の外国人が子供達の群れの先頭に立って、こちらへやってくるのが見えた。すわ、ハーメルンの笛吹女か!? でもなんだか見覚えがあるような? そう思っていたら、なんとまあ、それは母で、富田夫人と迎えに来てくれたのだった。
私たちは道を急いだのでまだ十二時だった。それでいま来た道を戻って少し行くと、間もなく波音高い本物の海辺に出た。
江の島とは「絵のような島」という意味であり、それは文字通りの意味だった。
本当は岩なのだけれど、よく繁った緑の葉に覆われているのだ。海中にぽかっと浮かんでいるので、遠くから見ると島のように見えるけれど、実は島ではない。狭い地峡で本土と結ばれていて、そこを東から西へ二分で渡ることが出来る。長い細い通りが高い断崖まで続いているけれど、その断崖の上には非常に丈の高い大きな木々があり、古代の絵のようなお宮が緑に包まれている。
この細い通りの両側には茶屋をはじめ、あらゆる種類の店が立ち並んでいた。場末の食堂だと思っていたものは実は茶屋の台所で、裸の料理人がみんなから見えるところで、いい匂いの食事を準備していた。
人々が食べ物を買い、料理し、二階へ運び、食べるという過程が全て一時間かからないで行われているのが、私たちの泊まることになった部屋の窓から見えた。


茶屋の中には日本では珍しい、三階建てで地下室まである建物があったのは、この岩に囲まれている島では地震など感じられないからである。
丘の麓にある最初の茶屋はとても低く、次のが少し高く、次々に高くなってゆき、最後のは三階半の高さで、半分洋風の造りになっている。
この島でただ一つの通りの坂には、石段がついている。この石段は一部ひどく欠けてはいるものの、疲れた旅人にはありがたい。
私たちが泊まることとなった橘屋という宿は、この通りを半分行った左側にあって、素敵な女の人が経営している。そして従業員も皆実によくできた模範的な人たちだ。
うちの家族は「恵比寿屋茂八」に部屋を予約しておいたのだけれど、来てみたら、なんと満員。それで途方に暮れて頼った先が橘屋だったわけだけれど、最初店員たちは無言で互いに視線を交わし合っていた。
富田夫人に詳しい事情を聞いて貰うと、どうやら私たちの少し前に止まった外国人達の行状がとても酷いものだったらしい。私自身、そんな行状の悪い外国人達を何人も見かけているので、本当に恥ずかしさで一杯だ。
そんな事情で、店員達は外国人に恐れをなして泊めたくなかったようだけれど、私たちが一晩泊まって、なんと静かな客だと分かったら、それ以来とてもよく世話してくれる。
更に母が女主人と従業員に心付けを上げたら、一人ずつやって来て、低くお辞儀をして母にお礼を云った。私たちは二階を使っているが、二階には部屋が一つと台所と使用人の部屋があって、皆とても風通しが良く、港や山や村の眺めが素晴らしい。
それからサービスで可愛らしい漆塗りの小さな菓子台に乗ってお菓子を持ってきてくれた。
それがあんまり魅力的だったので「売ってくれませんか」と尋ねたら「いいえ、差し上げましょう」と云った。
そんなことは嫌だったけれど、あまり綺麗なので頂くことにして、女主人のお嬢さんに、その金額分の贈り物をあげた。ここの貝細工はとても綺麗である。