Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

クララの明治日記 超訳版第22回−4

1876年11月3日 金曜日 ミカドの誕生日
今日はミカド陛下の誕生日で、勿論授業は全部お休みだ。ミカドは二十九歳になられた……と思う、確信はないけど。
生徒たちは家で今日を祝っている。私は前に約束したとおり、お逸を訪ねることにした。
いつものように早く起き、顔を洗って着替えをし、八時半までには行く準備ができあがった。
まず銀座に行って、この親切な友達のために贈り物を買うことにしよう。
街はなんと華やいでいたことだろう! いろいろの種類の旗が、どの窓にも入口にも華やかに翻っていた。大きい旗、小さい旗、中くらいの大きさの旗、上等の旗、粗末な旗。
我らの愛国的な友である日本人には、赤い点のある布切れならなんでもいいのだ。日本の象徴であるこのような旗の中には明らかに手製のものもあった。
どの窓からも旗が林立し、なんと長い「朝日」の通りを通ったことだろう! 私たちだって決して流行に遅れたわけではない。二階のベランダに、手製のアメリカの旗を守るように、日本の旗を二本高く立てたのだ。
「日本の旗の真ん中の太陽が満月のように見えるから、我が国の星がとてもよく調和するわね」
本当に母の云う通りだと思う。
精養軒ホテルは、紅白の提灯と旗で美しく飾られていた。きっと今晩、提灯が灯された時には、効果は抜群だろう。
大変な人出で、特に外国人と役人が目立った。華麗な駝鳥の羽のついた三角帽を被り、金の紋章をつけ、薄紫色のズボンを履いて、すっかり板についた一人の役人が車に乗って、殆ど勝家に着くまで私の後になり先になりしていた。田舎者が豪華な役人を見ようと首を捻っていると、今度は「トウジンオンナ」つまり私が来るので、また首を捻らなければならなかったというわけで、どちらも貧しい田舎者にとっては、たいした見物だったろう。
私は目に入るものがなんでも面白くて仕方なかった。だけど流石に見るものもなくなって、私の行程も終わりになった。けれど、本当に楽しい時はこれから始まるのだ。


玄関先に出迎えて下さったのは、勝夫人と、おこまつと、お逸だった。
「本日はお招きに預かり、どうも有り難うございます」
私は日本人みたいにお辞儀をして挨拶をし、おみやげを差し出して中に入った。客間に行く間、おこまつとお逸は私の周りで踊り浮かれ、お母様は後ろから厳かについていらっしゃった。
帽子掛けや傘立てや、鹿の角のある長い廊下を通り過ぎて左に曲がると、広い薄暗い部屋があり、そこには屏風と本棚と油絵と、風変わりな寝台があった。隣の部屋とは襖で仕切られ、次の間にはテーブルと椅子が置かれていた。
右手の小さな部屋は、ウイリイが教える教室だ。この最後の部屋に、我が美しき案内人は私を導き入れ、お茶とお菓子を持って来て、鮮やかな絵入りの本を下さった。
それから、私は必死になってかなりうまく混ざり合った(と自負している)日本語と英語で話しかけた。皆わたしの帽子を褒め、勝夫人はご自分の頭に被ってごらんになった。赤い花と黒いビロードが皆さんのお気に召しらしい。
やがて、およねが日本の着物を腕いっぱいに抱えて入って来た。
「……こんなに一杯の着物、一体誰が着るの?」
「勿論、クララ、貴女に決まっているじゃない!」
満面の笑顔で言い放つお逸。どうやらお逸の冬の着物らしい。
私はしばらく抗議したけれど、お逸の強引とも思える勧誘に乗せられて結局着る羽目になった。
まず私は着てきた洋服を脱いで下着だけになる。
我が親友の妙に熱っぽい視線に、恥ずかしくなって慌てて下着の上に赤い縮緬の襟の付いた短い木綿の肌着を着た。
そしてその上に美しい模様の縮緬の長いのを重ね、最後に赤い絹の裏地の着いた、美しい灰色と青の立派な柔らかい絹の着物の袖を手に通す。背と背中についている紋は勝安房守家のもので、桃だかなんだかの花だった。
「さ、クララ。これで最後。京都風だよ」
腰の周りに綺麗な帯を回して、お逸が後ろで粋な京都風に結んでくれた。それは幅一フィート以上もあるピンク色の錦で、美しい模様が入っていた。
着物が一フィートかそれ以上も長く足の周りに広がったので、お逸は今度は両端に花の刺繍のある素敵な赤い絹のスカーフのようなもので着物を縛り上げ、腰の丁度下のところで結んでくれた。「はい、これが長崎風」
青い絹の紐が帯を支え、赤い絹の紐が後ろの結び目を押さえている。靴下は履いたままで、わたしはすっかり立派な日本の貴婦人となっていた。
「じゃ、今度は私の番」
反対に私の服を着込んだお逸を、勝家の家族全員が大変面白がって、総出で姿見を持ってきてくれた。
「この子は顔が黒いから、洋服が台無しね」
「えー、母様。それはひどい!」
それからわたしはお逸の持ち物を見せて貰いに行くことになった。
机の上には、いろいろな種類のペンや、筆、インクスタンド、インク、文鎮、難しい漢字の習字帳などがあり、私はその習字帳で、月、日、下、川、山、天という字を習った。
一番幼い七郎はまったくの腕白小僧で、ありとあらゆる悪戯をした。今まで会った日本人の男の子の中には、こんなふざけた騒々しい子はいない。
林檎のように丸い薔薇色の顔をした梅太郎も非常に愉快な少年で、いたずらにかけては七郎よりもひどかった。外ではあんなに礼儀正しい控えめなこの子供たちが、家では丁度私たちのようにふざけているのを見て驚かされた。


やがて食事時間になって、お逸とおこまつと私は、めいめい小さな丸いお盆の前に坐った。
お盆の上には吸い物、魚、海草、西洋わさびとご飯が乗っていた。私はお箸を遣ってご飯から食べ始め、次に吸い物を味わった。
(これは……貝、よね?)
鋼のような独特の青い色をしたのは、生の貝らしい。思い切って一つ口に入れてみたら、ゴムのようで噛むことができなかった! 食べるのをやめることも吐き出すこともできず、牡蠣のように大きく、グッタペルカのように堅いそのものを、飲み込むより他はなかった!
堅いものはこりごりだということで、今度はちょんと添えられるように乗っていた黄緑色の食べ物――山葵に手を出してみることにした。
「クララ、ちょっと!」
異口同音に上がったお逸とおこまつの叫びは、残念ながら間に合わなかった。
私は「口から火が出る」という言葉を初めて体感する羽目になった。ほんの少しだったのに、辛くて辛くて、気が遠くなりそう。本当に、こんな強烈な味のものは初めてだ。
海草はもっと穏やかな味だったので、それと吸い物とご飯とで満足した。
食後、羽根つきをしると、間もなくおよねが扇子遊びの道具を持ってきた。では、その遊びを説明しよう。
床の真ん中に箱を立てて、競技者はそれぞれ扇子三本分の距離だけ、そこから離れる。四インチか五インチの高さのものを、標的として箱の上に置く。競技者は自分の扇子を開いて狙いを定め、標的に向けて素早く扇子を飛ばすと、いろいろの位置に落ちる。
<箱の周りに膝をついて坐っている>競技者達の前に折り畳み本があるが、開けてみると扇子の落ちる色々な位置が示してあって、それぞれに点数と名称<気の利いた短い言葉>がついている。
もし扇子が的より遠く飛んでも、途中で的をひっくり返してからある位置に落ちれば、それは「五点」で、名称には花とか綺麗なことが書いてある。私たちはこの遊び「投扇興」とも「扇落し」とも呼ばれる遊びを長い間やった。
それから、みんなは清国の楽器を持って来て、私のために弾いて歌を歌ってくれた。
一つの楽器はリュートだったが、とても丈が短くてずんぐりしていて弦が四本ついていた。もう一つはとてもおかしな形の堤琴で、きしきしと、耳をかくような歯を轢るような音を出した! 
最初、七郎が坐ってそれをきいきい弾いた時は殆ど気が狂いそうになったけれど、自分でやってみたらそんなにひどくなかった。お逸とおよねがそれぞれリュートを弾いた。結婚したお姉様の疋田夫人が堤琴を弾いて、お逸が歌を歌ったら、とても綺麗な合奏になった。
この後、またお逸の部屋に行って、お逸の宝物を見た。人形とその着物、髪飾り、とても高価な石の印判、優雅な青銅の花瓶、オルゴール、絹製品、可愛いものの一杯入った箱。そして最後に、お逸は云った。
「ほらね、わたし、なんにも持ってないのよ」


次に隣の部屋の可愛い小さな露台に行き、家の上に張り出している木から石榴と柿の実を取った。わたしは両方とも大好きなのだけれど、特に石榴が好きだ。
それから、一人の老婦人が入っていらっしゃった。
「お祖母様!」
お逸の言葉で、その老婦人が勝家のお祖母様だということが分かった。いま初めて知ったのだけれど、この大きなだだっ広い家の何処かにお祖母様が隠れていらっしゃったのだ。大変お年寄りでがりがりに痩せておられたが、小鳥のように敏捷で、活発でいらっしゃった。
「お逸が洋服を着ているというので、見に来ましたよ」
お祖母様はよくお笑いになる方だった。
「ご機嫌如何?」何を突然云い出されるのかと思ったら、どうやらお逸を外国人に見立てられているらしい。
お辞儀をされ「どうぞお坐り下さい」と云ったりなさった。
私のことは、あまりじろじろと見るようなことはなさらず、私にもお辞儀をなさって仰った。
「お嬢さん、日本の着物姿がとてもお似合いですね」
だけど私はみんなに同じ事を言われていたから、これはお世辞に過ぎないと推断した。
丁度その時ウィリイが来て「五時まで帰らなくてもいいぞ」と云ったので、また羽根つきを始めた。
今度はとても興奮するような競技になった。ウィリイ、よね、逸、おこまつ、梅太郎、七郎と私、それに時々奥様も加わった。
奥様はお年の割に素晴らしくお上手で、非常に陽気でいらっしゃった。失敗なさると、女の子たちは他の人たちにするように奥様のお背中をぶったが、お怒りにならなかった。
しばらくしてから着替えをして、ウィリイも一緒に夕食を頂き、挨拶を雨のように浴び、じゃがいもや石榴や柿、それにお逸からの特別の贈り物を頂いて帰った。
二人の少女は門まで一緒に来て、見えなくなるまで見送ってくれた。とても楽しかったし、それに家族の中にまで迎えて頂いて、日本人の私生活を見るよい機会に恵まれた。