Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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クララの明治日記 超訳版第23回−3

1876年11月23日 木曜日
今日は日本の感謝祭、つまり「米の祭日」――新嘗祭というそうだ――で、学校も役所もみんなお休み。
どんな小さなあばら家にも、堂々たる政府の建物にも旗が翻っている。
授業の後、天気もよくて休日でもあるので、ビンガム夫人を訪ねた。
「いつでもピアノを弾きにいらっしゃい。歓迎しますよ」
以前云われた言葉に甘えることにして楽譜を巻いて持って行った。
気持ちの良い日光を浴びながら歩いてアメリカ公使館に着くと、ビンガム夫人は客間に下りて迎えて下さった。
「ボーイが『木挽町のお嬢様がおいでになりました』と知らせてくれたのよ」
しばらくお話をしてから、ピアノのところに連れていって下さった。
私は一時間、素晴らしい豊富な音色を満喫しながら練習したが、すべすべした鍵盤に指を走らせていると、長い間忘れていた旋律が蘇ってきた。その間夫人は、ご主人のために書類を写しておられた。
「今のは何処の国の民謡かしら?」
やがておいでになった夫人が、私の弾いていた曲について質問された。
「私も詳しくは知らないんですけれど、スコットランド民謡だそうです。別離の時に演奏するに相応しい曲なので、帰国される方をもてなす時のパーティーなんかで弾くことにしています」
なんとも物悲しい旋律なのに、何処か心温まるこの曲が私は好きだ。いつかこの国でも広く演奏されるといいな。
それから夫人に軽食をして行くように誘って下さったので、私は帽子を脱いだ。
ビンガム夫人が手を取って食卓に連れて行って下さった。秘書のスティーブン氏に紹介して貰ってから食事を始めた。
夫妻はめいめい背の高い古風な感じの椅子を持っていらっしゃるが、ビンガム氏がそのゆったりした椅子に深く坐り、肘を肘掛けにのせて、指を独自のやり方で握りしめている様子は、私の祖父にいつもよりずっと似ていた。
ビンガム氏の真面目なきっぱりした口調を聞き、半分心配そうな、半分微笑んだような顔を見ていると、私の祖父の面影が目の前に浮かぶ。祖父は政治に深く通じ、民主党とティルデン知事を痛烈に批判していた人だ。
軽食後、夫人に連れられておうちとお庭を一回りし「さよなら」を云った。
「また弾きにいらっしゃい。それに歩くのは健康にいいですからね。ああ、それと楽譜は置いておきなさい。また来た時にすぐに弾けるように」
それからフランク・レスリーの「イラストレーテッド・センテニアル・マガジン」を二部下さった。


急いで家に帰ると、佐々木氏が待っていた。私たちは坐って勉強をした――少なくとも佐々木氏はなさった。
私はハートの「作文法」の本を貸してあけたのだが、佐々木氏はご自分ですっかり読んでいらっしゃったので、私は復習をしてから、作文を書くための課題の大要を示した。
「クララさんは日本語がどの程度理解できるのですか?」
私の回答に応じて、佐々木氏はこの次までの宿題を決めて下さった。
とても紳士的で気持ちの良い方だけれど、教師と云うよりは、ともすると学者的な態度になりがちだ。しかしそれも多分、ただ礼儀正しさから出ることなのだろう。二時間くらい経つと「友達が待っているから行かなくては」と仰った。
佐々木氏が帰って間もなく、中原氏がみえた。約一時間後にマッカーティー夫人がユウメイつれて訪ねて来られ、中原氏は帰っていった。
マッカーティー夫人はとても親切な方だ。
「ユウメイともっとつきあって下さい」
私もそうしたいと思う。それから「公使館にピアノの練習に行くことはとてもいいことですよ」とも仰った。神様のお陰で私はいい機会に恵まれているのだから、うまく利用しさえすればいいのだ。