Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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クララの明治日記 超訳版第23回−6

1876年11月29日 水曜日
「クララ! 早く起きて服に着替えなさい!」
突然開け放たれた扉に、私は跳ね起きた。
一体何が? そう思う間もなく、慌てて部屋に入ってきた母が寝室のカーテンを引く。
北の空が朱に染まっていた。あの方角は……皇居のお堀の方?
今まで見たこともないほどの大火事だった。
恐ろしい早さで次々と燃え広がっていくので、見る者は皆、恐怖におののいた。
炎はどんどん高く上がり、真っ赤な光が夜をあかあかと照らした。おまけに風が強くなって、火の悪魔の破壊作業に手を貸した。
結局、築地に向かって一直線に二マイル燃え広がり、運河や橋を沢山越えて……なんとか海岸通り沿いで食い止められた。少なくとも銀座の町の三分の一を嘗め尽くしたようだ。
もし風が北から西に変わっていたらこの家も駄目だったろう。私たちは成り行きを、もうはらはらしながら見守っていた! 
うちの向かい側の公園には、焼け出された人が沢山、持てるだけの家財道具を持って集まり、また木挽町十丁目には燃え移ったときに備えて消防隊が待機し、警察隊も出勤して、焼け出された気の毒な人々の荷物を護った。
「早くお米とお茶を提供しないと」
母はすぐにも準備して駆け出しそうになっていたけれど「今の状態で火事場に行くのは危険だ」という兄の反対を受けて、とにかく朝まで待つことにした。
火は昨晩から今朝の七時頃まで燃え盛り、その後下火になった。
おやおさんの使用人が、我が家が無事かどうか見に来たのは午前四時過ぎだった。六時にもう一人の使用人が来て「ご無事で何よりでした」と云い、焼けた地域が丁度令嬢たちの通り道にあり、非常に混雑するので、今日は参られませんと告げた。
正午には家臣のサムライがお見舞い品と松平夫人の挨拶を届けに来たが、これが日本のしきたりなのだ。ある人の家の近くに火事があると、友達がみんな品物を持って、お見舞い品の挨拶などに行く。もっともその家が焼けていなければ、たいていお茶をご馳走になって帰ってくるのだけれど!


朝食後、焼け跡を見に出かけた。家財道具やくすぶっている灰の山の並んだ通りを縫って行くと、あうちこちで人々が忙しく立ち働き、景観が何かと手助けしていた。
この人たちが快活なのを見ると救われる思いだった。
笑ったり、喋ったり、冗談を云ったり、煙草を吸ったり、食べたり飲んだり、お互いに助け合ったりして、大きな一つの家族のようだった。
家から追い出されながら、それを茶化そうとつとめ、助け合っているのだ。涙に暮れている者は一人も見なかった。子供たちですら、まるで静かに楽しんでいるかのようで、仕切った荷物の山を次々と駆け回り、隣人の荷物を調べるように覗き込んでいた。
イリアムズ主教の礼拝堂と家に着いてみると、すっかり灰になってしまって、石の土台しか残っていなかった。
ブランシェー氏がそこらいらっしゃり、ソーバー夫妻とミス・ホワイティングとウォデル氏も集まっておられた。ブランシェー氏は「何もかもなくなりました」と仰った。三台のオルガン、書物全部、衣類など、ブランシェー氏の持ち物はみんな焼けてしまったのだ。ディヴィッドソン氏も全焼した。
「入船町」という店も廃墟と化していた。だけど、驚くべきはこの後のことだ。
経営者がやってきてお辞儀をしたかと思ったら、こう云ったのだ。
「自分の荷物は倉庫に入っていて皆無事でした。新しい店はすぐ出来上がります」
私たちは煙と忙しく動き回っている人々の間を通り抜けて行った。既に職人達がせっせと焼け跡を片付けていて、驚嘆したことには、あちらこちらに新しい建築物の枠組みが建てられていた。その進行の早さは驚くべきものだった。確かにこの人達は、いざという時には進取の気性を発揮するのだ。
私たちは現場の外れまで行って、焼け跡を全部見た。
綺麗な公園内にあったオーストリア公使館も丸焼けで、黒ずんだ四本の煙突が、痩せこけた幽霊のように、にょきっと立っているだけだった。
焼けた地域のあちこちに、耐火構造の蔵が無傷で、ドルドイ教徒の遺跡のように残っていたが、それは確かに奇妙な光景だった。
新聞の報道によると、六マイルにわたって消失し、死者は十人で、一万から二万の家が焼けたと云うが、日本の数字は当てにならない。警察署が二つと、政府の建物も二つ焼けた。焼け跡はすっかり見たので、京橋に出て家に帰った。丸善も焼けていた。