Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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クララの明治日記 超訳版第24回−6

1876年12月25日 月曜日
またクリスマスがやって来た! 
今朝贈り物の交換をした。アディがまず自分の靴下に入れて貰い、それから私は、母に型染めの小物入れと、鼠の彫刻一対、ウィリイにはチェス盤をあげた。母は私に美しい机を、ウィリイは写真のアルバムをくれた。
あまり沢山貰ったので、全部は覚えていない。ビンガム夫人は美しい切り抜き帳に優しいお祝いの言葉を添えて送って下さった。
午前中はツリーの飾り付けで皆大変忙しかった。だけど十二時までには外国と日本の装飾品や玩具を吊して、とても豪華なツリーができあがった。
「これはきっと東京中で一番立派なツリーですよ」
知っている人はみんなそう云い、エマは「レディ・パークスのところのより立派よ」と云ってくれた。
日本の友達からの贈り物が午前中どんどん来たけれど、綺麗なものばかりだった。
漆器、絹地、青銅製品、それにありとあらゆる種類の珍しい物が、どっさり降ってきた。まるで日本の友達一人一人が、少なくとも一つは美しい品物を私たちに贈ろうと決めたかのようだった。
以前ソーパー夫人に「この国に一年間いたら日本人の贈り物もやむでしょうよ」と云われたことがあるのだけれど、とんでもない! それどころか今年はいまだかつてないほど沢山頂いた。
二時に富田夫人が手伝いに来て下さり、三時までにすっかり準備が整った。
「クララ、来たわよー!」
お逸がとても素敵な贈り物を沢山持って最初に来てくれたけれど、晴着を着て唇を赤く塗り、顔にお化粧をして綺麗だった。
杉田ご一家家も贈り物を持って、おいでになった。
それからやって来られたのが、今宵の花形、つまり徳川家の若殿であられる徳川家達さまが三人の従者を連れて、自家用人力車で静かに入って来られた。
若殿は十四か十五歳だそうだけれど、非常に威厳のある風采の方だ。とても色が黒く、濃い赤みがかった鷲鼻、細い眼、小さい弓形の口をしておられる。
背と胸に、聖なる徳川家の紋がついていた。アメリカでは“タイクーン”と呼ばれている方だ。
「徳川家の若殿がいらっしゃったのよ」
うちの使用人たちにそう告げた後の反応は見物だった。
ウメは両手を振り上げ、テイは脇腹を押さえて息を飲み、倒れないように戸に寄りかかったのだ。その様は実に滑稽な眺めだった。
それから二人は、戸の隙間から若き将軍を覗こうと駆け寄った。
「徳川家の人を家にお招きするのはたいしたことなのですよ!」
ウメは昂奮醒めやらぬ声で云う。
「将軍さまのお通りの時は、皆家に閉じこもって、戸に目張りをし、将軍さまはは炭の燻った匂いがお嫌いだから、三刻は家の中で火を炊いてはいけなかったのです。偶々行列の時間に道路に居合わせたら、誰でも徳川家の駕籠の前にひれ伏さなければならなかったのですよ」
そう云うと、ウメは実際にやってみせた。おお、なんという見事な平伏! ウメ自身は、その行列を何度も見たことがあるそうだ。
だけど、私にはそんな昔の事なんて関係ない。私は将軍と握手をし、脇に坐って絵をお見せしたが、畏怖の念など一つも起きなかった。事実、この若殿を護ってあげているような気さえした!
次に大名松平家のおやおさんが四人の従者と来たが、若殿がここにおられるのを見て、ちょっと吃驚していた。
「まあ、家達さまがいらっしゃるなんて!」
おやおさんは素晴らしく立派に着飾り、淡黄褐色の綺麗な着物の裾には厚い詰め綿がしてあった。帯は最高の物で、深紅色に金の模様がついていた。簪を沢山挿していて美しく、本当に妖精のようだった。正装するとこの上もなく優雅である。
お逸は美しい着物を着ていても、どうしても野暮ったくて、けばけばしいところがある。けれど、おやおさんは完全な貴婦人に見える。動作も貴婦人そのもので、立ち居振る舞いに品位がある。私はこの生徒にますます惹きつけられていく……と心の中で考えていたら、おやおさんに影のように寄り添っていたおすみが一言。
「……クララさん、どうにもおやお様に向ける視線が熱っぽすぎる気がするのですが?」
滝村氏と小さい男の子たちを連れておよねが来た。滝村氏は若殿のお守り役である。おやおさんのお守り役である箕作氏も来られた。
大鳥氏と三人のお子さん達。エマとウィリイ・ヴァーベックも。それから矢田部氏も現れた。小野氏は役人の正装で立ち寄ったが、横浜から来たところだった。


夕食の前に聖歌を歌い、それからツリーと夕食の支度をしてある部屋に行くことになった。行くことになったのだけれど……。
「どうぞ、お先に」
「いえいえ、あなたの方こそお先に」
こんな具合に誰も最初に部屋から出ようとしないのだ。
少女たちが特に頑固だった。戸のところでちょっと揉める羽目になったのだけど、その先頭にいたのはおやおさんとお逸だった。
「貧乏旗本の三女風情が、家斉公の孫娘に当たる方より先に参るわけにはいきません」
「とんでもありませんわ。安房守様の働きがあってこそ、我ら徳川一門に連なるものがこうして安穏として暮らせるのですもの。お逸さんこそ、お先にどうぞ」
……うーん、おやおさんは天然だから分かりにくいけれど、どうやら二人は単に譲り合いをしているのではなく、巫山戯あっているらしい。日本人のこういうところの機微は未だによく分からない。
結局おやおさんが根負けして先に出て、皆後に続いたのだけれど、およしさんとおよねとおやおさんの侍女と私だけが残った。
およしさんと私は一緒だったけれど、どちらが先に行くかでここでもちょっと時間がかかった。しかし、私は自尊心の高いアメリカの少女である。そんなゆき過ぎた丁寧さなど好きではないから、平気でさっさと先に立った。
それで、後は侍女とおよねだけだったが、二人はぺこぺこお辞儀をしながら、手真似で先に譲り合った。私たちは二人がそうやっている時に行ってしまったから、結果がどうなったか知らないけれど、とにかく二人は後ほど食堂に現れた。


「おお、ナルホド!」
紳士達の感嘆の声は、火が灯されたツリーの美しさにだった。実は丈の高い松の木がそんなによく見えるとは思っていなかったので、これは我ながら意外な成功。
全員部屋の周りに散らばり、ツリーを見ながらご馳走を食べた。皆とても気持ちよく笑い、気持ちよく喋っているようだった。
クラッカーボンボンが一番楽しかった。箕作氏のコザーク、つまり引き玉には、四インチくらいの髪飾りが入っていた。
「……はて、これは一体なんなのでしょうね?」
箕作氏と大鳥氏はその正体について真剣に考え込んでいた。幕府の頭脳であった二人が、コザークの正体について悩んでいる姿はとても愉快だった。
「ああ、これはですね」
ウィリイが教えてあげると、箕作氏は「なるほど」と頷くと突然!
灰白色の髪と顎髭を生やした六フィートの身体のてっぺんに、そのピンクの紙の風変わりな帽子をのっけて、紐を鼻の下で結ぼうとするではないか! 長い飾りリボンが背中に垂れて、本当に滑稽で、みんなを笑わせた。
滝村氏のには、愛の文句を書いた紙が入っていて、滝村氏がすっかり吃驚して眺めているのが肩越しに見えた。私はそれを読んで読み返したけれど、それは大変甘ったるい英語の短詩だった。
振り返った滝村氏は私ににたっと笑って見せ、そんな様子がまたおかしかった。滝村氏がその詩を小野氏に訳してあげると、小野氏はすっかりたまげていた! 
それから贈り物がめいめいに配られたけれど、小さい男の子たちの袖が混乱のもとになった。というのは、彼らはなんでも袖の中に入れてしまってから、まだ何も貰っていないかのように、ひどく哀願するような目つきで母親を見上げるのだった。
やがて年長者は客間に去り、子供たちは色々なゲームをして遊んだが、徳川家の若殿もそれに元気よく加わって、必要なことはなんでも愛想よくなさり、罰則にもいやがらずに従っておられた。
罰を受ける者は全員の前で椅子の上に上がり、下りるように命ぜられるまで、そこに立っていなければならないのだけれど、若殿はまるで玉座に上がるみたいに椅子の上にのぼり、平然と眺め回していた!
娯楽の種が尽きると、私たちはアディの新しい羽子板で、羽根つき遊びをした。羽子板はとても美しいのが混じっていた。
九時かそこらに日本人たちは帰り、外国人たちと矢田部氏が羽根つきを続けていた。
「矢田部さんの下の名前って、なんだっけ?」
「確か、良吉さん、でしたっけ?」
「でも、リョーキチって呼びづらいわよね」
「矢田部さん、アメリカ好きみたいだから、もういっそジョージでいいわよ、ジョージで」
というわけで、私たちは矢田部氏を略してジョージと呼ぶことにした。由来はよく分からないけど。その後「総領事閣下」富田氏が入っていらっしゃったので、私は自分で刺繍した室内履きをさしあげた。
お客が帰った後で、私たちは坐って話をしたが、みんなとても眠くて、長くは続かなかった。
緊張が去ってほっとしながら、そして今日の成功を神様に感謝しながら、ベットに転がり込んだ。
神様に「このクリスマスパーティーにお恵みを垂れたまえ」とお願いしておいた甲斐があったというもの。その願いを叶えて下さったことに私は心から感謝した。