Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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クララの明治日記 超訳版第38回解説

【クララの明治日記 超訳版解説第38回】
「本日分は、おやおさんの婚約者が亡くなられたことに弔意を示してネタは控え目にさせて頂きますm(_)m。
ということで、ユウメイの大食漢無限の胃袋ぶりについてはスルーの方向で」
「全然控え目にしていませんでしょう、全然! そもそもわたくしの大食漢ぶりなど本編の日記を通じてここだけですわ、言及されているのは!」
「いやあ、ひょっとしたらクララの中ではユウメイ=大食漢というイメージがデフォルトになって、これ以降はわざわざ言及しなかったのかも?」
「……もう反論する気にもなりませんから、さっさと進めますわよ。
といっても、今回解説すべき点は、貴女のお兄様である勝小鹿さんのくらいでしょうね」
「はーい、では妹の私が直接解説するね。
子鹿兄様は嘉永5年、西暦で云うと1852年生まれで、日記の時間軸上ではこの年、25歳。
アメリカに留学したのは幕府がまだあった1867年なんだけど、幕府のお金で行ったんじゃなくって自費留学ね。多分父様は幕府の瓦解を見越して『動乱に巻き込まれない様に』って早めに送り出したんだと思う」
「この時に同行したのが富田夫人の旦那様ですわね。勝提督の氷解塾塾生であり、後の第二代日銀総裁となる仙台藩士、富田鉄之助氏」
「ちなみに。子鹿兄様と富田氏たちがアメリカへ渡る際、同じ船に乗っていたのが同じく仙台藩士であり、後の“ダルマ宰相”高橋是清氏。
こちらが下等船客だったのに対して、上等に乗っていた富田氏は同じ藩士としての誼で、高橋氏には随分小遣いとか与えていたんだけれど……」
「ああ、あの有名な話は、高橋是清が留学する際に乗っていた船で手持ちのお金どころか、援助して貰ったお金まで全部酒代に変えてしまい、アメリカ到着後、日本に送り返されそうになった、という話の被害者は富田氏でしたの。お気の毒さまですわね」
「……そんな“典型的な駄目人間”が、後に最期まで、文字通り生命を賭して日本という国の未来を救おうとしたのだから、人間はやっぱり人生をトータルで見ないといけないんだろうね」
「話が随分逸れたようですから、元に戻しますわよ。
子鹿さんが留学していたのはアナポリス海軍兵学校でしたわね? 現在もバリバリでアメリカ海軍を支える兵士を養成する」
「1845年開設、アナポリスに移転したのは1850年ということで、兄様が留学した頃には、まだまだ新進気鋭の気風が強かったでしょうね。兄様はここで10年も留学していて、1877年の末にようやく帰国したところなの」
「ちょっとお待ちなさい。ということは、十年も会っていませんでしたの? あなたたちご兄弟は?」
「そういうことになるわね。多分一度や二度は帰ってきたことはあると思うけど」
「その割に仲が良さそうですわね、あなたたち」
「兄様は剽軽者だからねー、その辺は弟の梅太郎とも似ているけど。
ただ兄様は生まれつき病弱で……という辺りの話が出て来る日記はまた来週に〜」
(終)


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