Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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クララの明治日記 超訳版第44回−1

1878年3月20日 水曜日 
東京府が私たちの家のひどくいたんだ畳を替えてくれるというので、家の中をすっかり片付けた。
ところが、畳屋が来て寸法を取り、畳表を剥がしてしまった後のこと。
商法講習所長の矢野二郎氏が突然やって来て云った。
「この家には新しい畳を入れるわけにはいかない。元のように畳表を縫いつけるように」
呆然とする私たちを尻目に「ああ、それから」と、矢野は簡単な口調で更に衝撃的な台詞を吐いた。
「このたび我が商法講習はマイヤーズ氏を講師に迎えることになりましたから」
「……マイヤーズ氏?」
少し沈思してから、私はようやくあの間抜けの通風病みの太った水ぶくれしたような男を思い出す。
およそ無愛想で、横浜幼稚園からも開成学校からも追い出された人物なのだ。
それでもこの男は……矢野の友人なのだ。
ああ、私たちの悩みはいつ尽きるのであろう?
親切な日本のお友達もこればかりはどうしようもない。
「どうか神様が助けて下さいますように」
私はいつも祈っている。
サットン家の娘さんたちが、アディと私を午後のパーティーに招待してくれていたので、重い心を抱いて私は出かけた。
小さい子供のパーティーで、ガシーとハワードが来るまでは、アメリカ人はアディと私だけだった。
いろんな子供っぽいゲームが行われて、私はまったく気乗りがしなかったけれど、つとめて機嫌よくした。
しかしサットン氏が鬼の時だけは、太っているのにとても動きが早いので、私も素早く動き回らなければならなかった。
彼はしょっちゅう、冗談を飛ばして私たちを笑わせた。
サットン夫人も子供のようにはしゃいでゲームに参加した。
小さい日本人の子供が四人いたが、そのうちの一人、伊藤さんの息子と私は仲良しになった。
彼は年齢、名前、住所などを教えてくれて、お姉様たちのことも説明し、遊びに来て下さいと云った。
ガシーとド・ボワンヴィル夫人と私で小さい丸いテーブルを占領していたけれど、サットン氏がそこに来て冗談を云って笑わせるので、殆ど何も食べられなかった。
でもガシーが来てくれて、助かった。私たち二人は特別扱いだった。
雨降りの上に風邪もひいているので早めに失礼し、ガシーと私が一台の人力車に乗り、ハワードとアディが次の人力車に乗って日本橋まで一緒に行った。
その人力車の中、ガシーはぽつりと姉の症状を漏らした。
「……ジェニーはどうやら回復することはないみたい」
「!」
可哀想に。