Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

クララの明治日記 超訳版第50回解説

【クララの明治日記 超訳版解説第50回】
「……父親が失職している割には、意外と楽しそうに過ごしていますわね、クララ」
「くよくよ悩んでいても何も解決しないからねー、アメリカ人らしいとも云えるけど」
「更に踏み込んで云うなら、クララたちには“神様が私たちを見捨てるはずがない”という宗教的信念もあるのでしょうね」
「そういうところ、私たち日本人には正直なかなか理解できないなあ。まあ、それでクララ本人が幸せなら構わないけどさ」
「さて、本題に入りますわよ。今回のクララの日記では、当時の外国人たちの“日常の楽しみ”を知るのに貴重な記録となっていますわね」
「歌を歌いながら観光地に歩いて向かう外国人の集団、だもの。随分カルチャーショックを受けたんだろうなあ、その光景を見た当時の日本人は」
「それにしても、マンディ氏の粗雑振りは本当に物語に出て来るような典型的な“西部のアメリカ人”ですわね。実は気の短いクララがよく耐えられたこと」
「気が短いクララ、と云えば、横浜旅行の終わり。お兄さんのせいで汽車に乗り遅れた後の内心は本気なんだろうなあ。
『腹立ち紛れに帽子の箱を蹴飛ばして自分の帽子を台無しにする』とか、
『鞄をひっくり返して壊れやすい中身を粉々にする』とかね」
「本気も何も、クララは元々そういう娘ですわよ。貴女も気が短い方だから気が付かないんでしょうけど」
「それは否定しないけどさ。あ、そうそう、ウィリイさんがお腹を壊した原因の舌肉。現在の日本の牛タンを食べる文化は第二次大戦後のGHQの進駐以後、って話を聞いてことあったけど、横浜の外国人たちは普通にもう食べてたんだねー、これは意外」
「意外と云えば、既にこの頃、横浜に天然痘病院があった、と云うのは驚きですわね。
ただ入院しているのが外国人ということは、ひょっとすると“そういう事情”で本国に居場所がなくなった人たちを収容するため、という可能性もありそうですわね」
「でも天然痘の患者の隔離施設なら、日本でも天平時代からあるよー。まあ、一般的じゃなかったのは事実だけどさ」
「それはハンセン病じゃありませんの? 光明皇后が患者の膿を吸ったら、その病人が実は如来様の化身だったってエピソードでしょう、貴女が云っているのは?」
「ううん、それは一つのエピソードであって、病人の保護や治療、孤児の収容に当たるために作られた施薬院では病の種類は関係なかったみたいだよ。もっとも、当時の医療水準からして、重症の病人に関しては当然の事ながら隔離施設という側面も強かったみたいだけど」
「後は、そうですわね……今まで敢えてスルーしてきましたけれど、ディクソン氏の態度、随分と分かりやすくなってきましたわね」
「クララの方もツンデレだからねー。ま、殆どデレの部分はないけどさ」
「このディクソン氏についてはそれなりに記録が残っていますので紹介致しますわ。
ウィリアム・グレイ・ディクソン氏は1854年スコットランドのペイズリー生まれのイギリス人。父親は牧師で、本人はイギリスの名門大学卒業後、日本政府に招かれ、1876年来日。工学寮の英語教師として1880年まで教鞭を執ることになり、任期終了後はオーストラリア、ニュージーランドに渡って牧師として一生を終えます。もっとも、今日にも英文学会で名を知られているのは彼よりも、その数年後に来日して長く日本で教鞭を執ることになる弟の方ですけれどもね」
「とりあえず今回のところはこんな感じかな?
さて、今回でこのシリーズも五十回。そろそろ人物設定を纏めて説明しないと、新規読者獲得を見込めそうにないので、次週から数回にわたって総集編&人物関係まとめなどをお送りする予定です。どうか宜しくー」
(終)


と云った所で、今週も最後までお付き合い下さった方、有り難うございましたm(_)m。
最後まで読んで頂けた方、拍手ボタンだけでも押して頂ければ幸いですm(_)m。ご意見・ご感想、質問等も随時募集中ですのでお気軽に拍手で。