Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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クララの明治日記 超訳版第59回−8

1878年10月22日 火曜日
夕べ裏の門をどんどんと叩いて、何か大声で叫んでいる声に目を覚まされた。
はじめは怖かったけれど「郵便」という言葉が聞き取れたので、父に下へ行って郵便を受け取るようにと頼んだ。
とんでもない時間にやってきたのはアメリカからの手紙を配る郵便屋だった。
勿論そうなると手紙を読み、新聞に目を通すことになる。
お祖父さんが亡くなってから、父に手紙を寄越す人はいないので、手紙は母と私が独占した。
母にはワード先生やフィッツジェラルド夫人その他から、用事の手紙や宗教に関する手紙が来た。
私はメアリ・チェディスターからの手紙を受け取った。
新聞がたくさん来たし、叔母さんから楽譜が二冊来た。
今日はライト夫人のところへお使いに行った。
ハーヴィット家におられるが病気が重く、ドーニッツ先生によれば「もう長くない」ということだけれど、見たところはそれほど重病には見えない。
赤ちゃんがそばの椅子に立っていたが、小さい手を握ったままお母さんの方に差し出して何か云った。
「どうしたの、ラミーちゃん?」
ライト夫人は宥めるような優しい声で云って、開いた手を差し伸べられた。
するとラミーはお母さんの手の上に、自分の服から引きちぎった沢山のボタンを落とした。
「なんてことするの。悪い子!」
お母さんは腹を立て、そう子供を叱りつけた。


夕方巧木氏という日本人がみえて、夕食までいた。
六年前にアメリカで会った人である。
アメリカでドリュー神学校のキダー先生が、私たちに紹介したのだ。
彼はまたハケッツタウン神学校で、ジョージ叔父さんのところにもいた。
それからボストンに行き、アメリカに十年はいる予定だった。
彼は丹後の大名で大金持ちで、東京に百万エーカーの土地を持っている。
他の留学生はみんな政府のお金で派遣されるのだけれど、朽木氏は自費だった。
宗教に熱心で、宣教師になるつもりであったそうだが、この計画は中断してしまう。
オーシャングローブで、セアラ・タイラーという平凡な女性に巡り会って結婚してしまったのだ。
彼女を迎える準備を整えるために、彼は三ヶ月ほど前に帰国した。
しかし、年とった父上が大層立腹し、即座に勘当して、姓を名乗ることを禁じ、平民にならざるを得ないようになった。
彼は今や八方塞がりである。
最早「大金持ちの朽木」ではなく「貧しい本荘」であり、気むずかしいアメリカ人の妻は彼に呼び寄せられ、丹後のお妃になるのを待っている。
本当のことが分かった時、彼女はどんなに失望するであろう。
でも私も賢明な母親に恵まれていなかったら、彼女と同じ窮地に立たされていたかも知れない。
朽木氏は母を相談相手にして、どうしたら良いかと尋ねた。
彼は妻を軽蔑している様子で、溜息混じりにこう云った。
「彼女は結婚してからすっかり変わってしまった」
もっとも、それも驚くべきことではない。
彼はアメリカに帰って、働いてなんとか奥さんを養うつもりである。
しかしせいぜい週給十ドルくらいしか取れない。
彼には同情するけれど、彼女には同情しない。
母はその女の人をよく覚えているのだ。
野心家で、夫を掴まえようと思って、よく野外集会などにやってきていた女性なのだ。
そんな女に騙された朽木氏は気の毒なものだ。
佐藤百太郎氏も同じような羽目にあるけれど、彼の妻は奔馬性肺結核であと三ヶ月と生きられないと医者が云っている。
朽木氏は明日アメリカに向けて出発し、期待して待っている妻のもとに帰る。
お幸せに!