Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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クララの明治日記 超訳版第62回−2

1878年11月11日 月曜日
午後、招魂社の近くの湯島にある日本音楽の学校を訪問するという幸運に恵まれた。
滝村氏が迎えに来て下さって、二時に大きな日本式建物の前に着いた。
高主に滝村氏が取次を頼むと、私たちは中に招じ入れられ、岩田通徳氏に紹介された。
この方が主任音楽家であり、音楽の表示法に関する著書を滝村氏が翻訳しておられるのだ。
「万博に出展される本の翻訳、お手伝いいただきどうも有り難うございました」
岩田氏は私が滝村氏を手伝ったことに対してお礼を云われた。
そして、二つの大きなガラス戸を開け、垂木が露出し、床にカーペットを敷いた大きな広間に私たちを案内された。
ここには二十五人から三十人の日本人の男性が集まっていた。
年齢はまちまちだが、明らかに上流階級の人たちだ。
ある人は静かに腕を組んで黙って坐っていたが、眼は傲慢な下がり目で、唇は人を見下すように両端を下げていた。
またある人たちは楽器を奏でていた――私たちは演奏の最中に入ってきたのだった!
中には拍子木で拍子を取っている人もあり、歌を歌っている人もあった。
本当に荘重な曲だった。
男性的な声が垂木の間を漂って消えていく。
最後に拍子木が鳴って曲の終わりを告げるまで、私たちはじっと聞いていた。
終わるとみんな一斉に深々と頭を下げ、立ち上がって退出し始めた。
私たちの来るのが遅かったのである。
彼らは初めのうち、尊大で無口だった。
けれど、私たちが次々といろいろの楽器を見せて頂いているうちに、段々近寄ってきた。
そして間もなくすっかり打ち解け、まるで魔法にかかったように礼儀正しい感じの良い人たちに変わった。
私たちに何でも教えたいという様子だった。
あらゆる楽器を持ち出してきて、一人一人が自分の得意な楽器を弾いてきかせてくれた。
一人は和琴、一人は琴、一人は笙、それから琵琶、笛、太鼓、ひちきり、等々。
私は数々の新しいことを学び、新しい曲を聞いた。
一つの曲は初め和琴と笛で演奏され、ついで笛とひちきり、笙、羯鼓でもって演奏された。
次に声楽と笛、ひちきり、琵琶、和琴、琴その他の一大合奏があった。
みんなにお礼を申し上げ、特に滝村氏に、ここに連れて来て下さったお礼を申し上げてお暇しようとした時に、どの楽器でも演奏できる愉快な一人の方が仰った。
「外国の音楽が是非聞きたいですので、お宅に伺っても宜しいですか?」
「ええ、どうぞ。歓迎します」
他にも何人かの方が私たちの国籍や住所をお聞きになった。
その中の一人は大きい黒い髭を生やした立派な顔立ちの方で、見事なテノールの声をしていた。
また一人はふさふさとした長い髭のご老人で琵琶を弾かれる。
真っ白の髭を琵琶の上に垂らし、厳かにこの東洋の楽器を弾いている姿は印象的だった。
相当の年齢だと思うけれど、矍鑠としていた。
「パーラー」でお茶を頂いてから、岩田氏にお別れして外へ出た。


何人かの立派な容貌の方々が丁寧に見送って下さったのだけれど、ここで問題発生。
うちの車夫のヤスの姿が見あたらないのだ。
「ヤス、何処だー?」
滝村氏がまず声を上げ、そのあと皆さんで「ヤス、ヤス」と一生懸命呼んで下さり、ヤスの名前で庭中に鳴り響いた。
どこかへ消え失せた車夫を、まめまめしく探して下さる情景は、とても滑稽。
特に本人は、車の中で膝掛けを被って寝込んでいて、二、三分たってからのこのこ出て来たので何ともおかしなことであった。
みんな大笑いをして、恭しくお辞儀をしてからぞろぞろと麹町の方へ歩いて行った。
一人の方はもう一度足を止めて、私たちにまた来るようにと云い、続けて
「もう一度おいでになるなら、もっと大勢の演奏家を揃えて」
そう云って天井の垂木を指差し「この部屋一杯に楽しい調べを鳴り響かせます」と云った。
ただ私は正直思った。
あの物凄い“ひちりき”が合奏に参加するのでは「楽しい」かどうか、極めてあやしいと。
しかし本当に善意の方々で、とても親切だった。