Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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クララの明治日記 超訳版第77回−4

1879年5月2日 金曜日  
今朝早く、地震でみな目が覚めた。
揺り返しがあるだろうとしばらく寝付けなかったので、今朝はとても眠かった。
だけど、父が早く起きるので、七時にはみなきちんと起きた。
越後屋から小僧が反物を持ってきたから見にいらっしゃい」
八時にお逸がそう云って呼びに来た。
縮緬や縞の見事なものがあったものの、幅が狭いので私たちにはあまり役に立たない。
授業をいつもより早く始め、十二時前に終え、お昼にした。
午後からは、牛込見附内富士見町にある、宮内省雅楽稽古所へお逸と内田夫人に一緒に出かけた。
春の演奏会に招かれているのだ。
会場に二時に着くと、沢山の人だかりの中、滝村氏やそのほか知った方々が入口で迎えて下さった。
中は正装の男の人たちで一杯だ。
フランスの音楽隊の派手な衣装が、黒の洋服や袴に明るさを添えていた。
私たちは大きな部屋に通されたが、そこでは既に楽人たちがすっかり支度を整えて坐っていた。
まもなくディクソン氏と知らないオランダ人が現れた。


最初は美しい宮廷服と奇妙な帽子――烏帽子というらしい――をつけた四人の男の人による踊り。
勿論、私たちが知っていたのはこれが春の賛美だということだけで、その他の意味は分からなかった。
次はやはりアマチュアのバンドが外国音楽をとても上手に演奏した。
ただ大太鼓の音が大きすぎたが、少なくとも衣装はとてもよかった。
次の踊りは陪臚――雅楽の曲名だ――という素晴らしいもの。
インドの陪臚という寺から発祥したと云われているが、本当のところは分かっていない。
錦<ヤマトシロ>の大変豪華な着物に、染め分けの絹糸で紋を刺繍した紗の長い裳裾のついた衣装で、手に長いピカピカ光る槍と盾を持ち、腰には長くて反った剣をつけていた。
長い曲がった帽子は騎士の羽根に似ており、派手な錦の着物は鎧のよう。
槍には、徳川家の紋を金糸で縫い取った空色の旗が。
動作は全体を通じて優雅で整っており、見事な踊りだった。
盾と槍を使った殺陣は音楽とぴったり合い、次に稲妻のように刀が鞘から抜かれ、最後は美しい動きの素手の戦いだった。
こういう種類のものでこれほど素晴らしいものは見た事がない。
どうやってこの踊りを描写すればよいのかわからないほど。
美しい色どり、踊り手のゆっくり優雅な動き、飾りのついた槍や刀のロマンチックさ。
それでいて悲しげともいえそうな荘重な顔つきが、詩心のあるものには何とも云えない魅力だった。
勿論、ヨーロッパ音楽の方は決して一流とは云えない代物だったのですっかり影が薄くなり、ただ音さえ大きければよい、といわんばかりの騒音を、私は恥ずかしいと思ってしまった。


その次は、物凄い顔の面をつけた青年の踊りで、他に良い名がなかったので「熊踊り」と私たちは呼んだ。
この黒い面の鼻は反りかえり、銀色の目は飛び出し、同じ銀の歯と牙が剥き出し、皺の寄った黒い額に毛が少しばかり生えているものだった。
恐ろしい顔とは対照的に、着ているものはウェーブした柔らかい房のついた豪華な錦に、私も欲しいような透かし細工の銀のベルトをしていた。
この怪物はまた手に銀の棒を持っていたが、その手は黒い顔とは対照的に華奢で小さく黄色かった。
踊りはどちらかというと滑稽なのだが、観客の方は日本人特有の荘重さを崩さなかった。
「野獣」は同じ動作を何度も繰り返すので退屈だった。
甲高いひちきりや笛の音に、時々笙の美しい音や太鼓が入る音楽に合わせて、歯を剥き出して笑ったり、一定の歩調で歩き回ったり、足を踏みならしたり、身軽に飛び上がったりするもので「野獣」が出て行った時はホッとした。
最後の踊りは最高だった。
戸がパッと開くと、古代の宮廷衣装を着けた背の高い男の人が堂々と入ってきた。
トルコ服のようなズボンは緑地に白で唐草模様が浮き出し、真っ赤な上着に、白い絹の裳裾を後ろに長くひきずっていた。
頭には赤い躑躅の枝をつけた冠を被り、足には奇妙な形の漆塗りの巨大な靴を履いていた。
その後に、同じようにゆっくりとした足取りで三人入ってきて、最初の人は隣についたが、裳裾を整えるのに長い時間かかっていた。
明らかに素晴らしいものらしい。
それから冠に白い花をつけた豪華な衣装の六人が続いて出て来た。
幅広のズボンは濃い紫で、上着は濃い緑に、薄緑と白で素晴らしい模様がついていて、袖が大変大きかった。
和琴、ひちりき、笛を持っていて「赤シャッポ」の反対側に坐ると、歌に合わせて舞踏音楽を演奏した。
真っ赤な四人は音楽に合わせて歩き回ったり、二人二人になって跪いたりお辞儀をしたり、長い袖を振ったりする他はあまり動作しなかった。
彼らは若くなく、まるで悲しみに打ちひしがれているかのように、悲しげな奇妙な顔つきをしていた。
それから、ゆっくりと滑るような足取りで、一人一人堂々と退場していった。
観客はすっかり魅せられ、最後の長い裳裾が舞台の後ろに消え、最後の冠が天皇陛下の旗の下でお辞儀をするまで帰らず、じっと坐って見ていた。
幕間に、私たちは偶然楽屋裏をのぞき、貴公子や武将たちが衣装や帯をつけて貰ったり、着付けのすんだヒーローが他の人を待つ間、裳裾を後ろにからげ、前にちょっと屈んだ姿勢でベランダを歩いているのを垣間見た。
終わった後、二つの楽屋は大騒ぎだった。
白い薄い着物を一枚だけ着た人たちは恐ろしいほど痩せてみえた。
「まるで、むしられた鴉ね」
お逸は借物の孔雀の羽根を見て、そんな感想を云った。
衣装などをよく見た後、掌典補の岩田通徳氏とその友人たちにお礼を述べ、すっかり疲れ果てて帰った。
内田夫人はとても喜んで帰られた。