Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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クララの明治日記 超訳版第78回−1

1879年5月8日 木曜日
約束通り午後二時に松平氏がみえた。
赤坂福吉町にある、筑前の殿様である叔父の黒田長溥氏の家へ連れていって下さる約束なのだ。
黒田氏の広大な屋敷は勝氏の大門からヤマト屋敷の近くの麻布谷町まである。
大きな白い門を通って、鉄の門のところで車を降り、中に入っていくと、白い長い髭を生やした上品な老人が迎えに出て来られた。
孫息子である長成氏と二言三言話すと、丁寧にお辞儀。
「お招き有り難うございました」
「いえいえ、こんな汚い家に来て頂いて嬉しい限りです」
日本では“お約束”のやりとりをして、中に招じ入れられる。
この家は日本の家にしては、とてもヨーロッパ風だ。
広い石のポーチを通って中に入ると大きな広間になっていて、右手には瀟洒な家具の入った応接間。
左手奥には階段があり、その下には袴姿の厳めしい家来たちの使う部屋がいくつかあった。
応接間でしばらく話をした後、二階を見たいかと尋ねられ、異存はなかったので案内して頂いた。
最初の踊り場には狭い窓がついていて、深い窓枠の上には美しい大理石の台と花の入った花瓶が置いてあった。
紫の絹のカーテンが掛けてあり、紫と金の重い房がついていた。
廊下には本棚。
マーク・トゥエインや『ニューヨークの光と影』。
そんな有名なアメリカの文学作品もかなり混じっていた
私たちの通された客間は下のと同じように素晴らしかった。
しかし、いくつか家庭的――展示場のような黒田邸にこういう言葉が使えるとしたら――だった。
美しい家具や珍しい日本の骨董の他に、油絵がいくつか掛かっていた。
その中の一つは日本に一度も来たことがないイタリアの画家に描かせた大変写実的な日本茶屋の絵が。
でも、あれ? 何処かで見たような……と思ったら、同行していたアディが叫んだ。
「分かった! マーシャル氏の誘ったピクニックで、ダイヴァーズ夫人がスプーンを落とした二階のバルコニーだ!」
なるほど、これは王子の扇屋だ。
確認してみると、はたして扇屋の写真を見て描いたものだった。


この二階の美しい部屋のバルコニーからは周囲の景色が見晴らせ、汚らわしい町は、緑に囲まれた周りの屋敷の中に隠れてしまったのか、素晴らしい眺めだった。
景色を眺めたり、同じイタリアの画家がクレヨンで描いた黒田氏や二人のお孫さんの肖像画、その他の美しいものを鑑賞した後、公ご自慢の庭を見に下に下りた。
藤棚の美しい富士は富士山の形に仕立ててあり、実に見事だった。
植えてある木の名前は半分も分からなかったが、ミス・ビーチズの庭にあるのと丁度同じような泰山木や、本物の「シュラブ・ツリー」があった。
シュラブ・ツリーはいつ見ても綺麗だが、移植したせいで白っぽかった。
それから野鴨を捕まえる場所に連れていかれた。
季節になると川の蕎麦の小さい番小屋に人がいて、覗き穴から鳥が来るのを見張っており、少し離れた猟番に合図する。
すると長い柄のついた網を持って土手の後ろから幾人も不意に飛び出して、鳥を捕まえるのだ。
黒田氏が鷹狩りに使う二羽の鷹も見た。
背中は美しい淡い黄茶で、羽先は白く、胸はチンチラのように黒と白の混じった色をした気高い姿の鳥で、鋭い目は黄色に光っていた。
私たちの後から鷹匠が、足に長い絹紐を結びつけた一羽の鷹を、手に乗せて運んで来た。
「昔は雀を食べさせていたので、鷹を飼うのはとても難しかったのですがね、今は肉を食べさせています」
松平氏がそう説明して下さった。
番小屋は床がセメント、壁と天井は葦簀張りの長い小屋で、かなり大きな部屋が二間あるきりだった。
一部屋には中央に深い囲炉裏があって、天井から下がった長い鈎の手に鉄瓶がかけてあった。
周りには植木屋の道具がずらりと並んでいたが、全体にとても居心地がよかった。
戸口には見事な葡萄の日除けがあり、その先は柔らかな芝生で、日光がキラキラ踊っていた。
この小さな小屋で、殿様の周りに蹲っている家人たちの姿は絵のようにロマンチックで、黒田邸ではここが一番綺麗だと私は思った。
それから花壇に行き、薔薇やその他の花を見たり、四フィートはたっぷりある真っ赤な冠と黒い尻尾の見事な鶴を見たりした。
黒田氏はとてもよい養鶏場を持っておられ、見事な七面鳥の雌がいた。
「日本での暮らしは如何ですか?」
花壇で会った青年にそう問いかけられた。
彼はアメリカに七年留学していて、ボストンに住んでいたという。
私たち家族が日本でとても親切されていることを伝えると、本当に嬉しそうに云った。
「それは良かった。私もアメリカでは大変親切にして頂きましたから」
彼の名は團琢磨といい、とても良い人のようだった。