Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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クララの明治日記 超訳版第89回−3

1879年8月20日 水曜 
「競馬を見に市ヶ谷の戸山学校に行きませんか?」
今朝、森夫人にそう誘われた。
しかし、夕飯にビンガム夫人とジェシーがみえることになっていたので、勿論私は行かなかった。
ウィリイが私の代わりに行って、とても面白かったと云って上機嫌が帰って来た。
兄は、グラント将軍のご子息であるフレッド・グラント、西郷従道陸軍卿、川村純義海軍卿等と知り合いになり、英語が話せない人たち、または日本語が話せない人たちに通訳を頼まれた。
それでウィリイは大いに楽しんだ――二十四歳になってもまったく子供だ。
ビンガム夫人が内緒で話して下さったのだが、グラント将軍暗殺計画のビラが東京近辺にばら撒かれたのは、やきもち焼きの一イギリス人の仕業だそうである。
夜フレージャー氏がジェシーを迎えに来られた。
今夜、食卓に向かって『ジョン・ハリファックス』を読んでいると、お逸が「音楽を聴きに来ない?」と提灯を持って誘いに来た。
私は足早に歩くお逸について行った。
庭を通って前を歩いて行くお逸の提灯が闇を通して、狐火のように揺れた。
疋田家のナガヤには、勝家の婦人たちがほとんど全部集まっていて、窓の下の通りにいる楽人たちを、簾の内側から見ていた。
私は近づいて行き、皆がしているように窓の側に坐って外を見た。
四人の楽人がそれぞれ違った楽器を持ち、手拭いで顔を隠して下に立っていた。
一人の男は笛を持ち、一人は琴を、後の二人は女で、一人は三味線を、一人は鼓を持っていた。
四人ともそれぞれの楽器を持って、ゆっくりとした様子で立っていた。
長い袖が優美に揺れ、時々通り過ぎる提灯が、顔を上げて悲しげな黒い眼で、上の簾の向こう側の楽しげな少女たちの顔を見つめている姿を照らし出した。
古い氷川町の今宵の情景は、まったくロマンチックだ。
長い清潔な広い道路が、昔から変わらずに曲がりくねって、ゆるやかな上り坂になって伸びており、両側には杉の垣根と鄙びた門、長く続く大名の長屋、堂々とした構えの門などが並んでいた。
明るい月と、輝く星の下で吟遊の楽人の一団が、琴と三味線を奏で、やさしく歌を歌えば、目を輝かせて、簾からのぞいている美女たちは、その歌曲を愛で、歌が伝える感傷に頬を赤らめるのだった。
楽人たちは奏で終えて、丁寧にお辞儀をし、小声で云った。
「奥様方ありがとうございます。お退屈様でした。おやすみなさいませ」
楽団の一行が間もなく闇の中に見えなくなったかと思うと、また時々、四つの暗い影が、お城に向かって、月明かりの下を歩いて行くのが見えた。
婦人たちはしばらくの間音楽のことを語り合っていたが、それぞれの家へ別れて行った。
月影のもと静寂が街とヤシキを包む。