Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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クララの明治日記 超訳版第92回−2

1879年9月3日 水曜  
夜、隅田川でヤカタブネに乗って楽しい船遊びをした。
出発の時にひどい目にあった。
お客の招待などで手違いがあった上に、丁度私たちが家を出ようとしているのにキンは出かけてしまうし、母は機嫌が悪いし、雨が降りそうだし、等々。
まったく出発はみじめだった。
しかし「試練と艱難」の後に、私たち一行はやっと屋根つきの舟に坐り込み、楽しみが始まった。
お逸、こまつ、アレグザンダー氏、ペイトン氏等と一緒だ。
ペイトン氏は食物を用意する中央の「サロン」から簾で仕切られている小さな個室に席をとって、まずバイオリンの調子を合わせる。
いよいよ本格的に始まり、陽気なダンス曲や、洒落や冗談が飛び出した。
「あの洒落はディクソンさんのと同じくらいうまいですか?」
ペイトン氏は絶えず私にそう聞いた。
堀割りを出て、湖のように静かな本流に出る頃には、私たちはとても音楽的になっていた。
丁度向島に着く頃に、火のように真っ赤な満月が、ゆっくりと地平線の上に昇って来た。
舟をとめて、昇りゆく月を見ていると、広い薔薇色の光の静かな川面に広がった。
私たちは音楽と夜更けの魔力に身を任せた。
後から後から歌が続き、フルート、バイオリン、歌声が美しく混ざり合った。
長いこと見渡す限り私たち以外には一艘の舟も見えず、岸はすべて静まりかえっていた。
両国橋の提灯が遠く揺れて蛍のように見えた。
間もなく遙か彼方に音楽が聞こえ、おどる灯が近づいて来るのが見えた。
近づいて見ると、それは川の上流の方へ行く途中の楽士と舞子がたくさん乗った小舟であった。
私たちが声をかけると「八百松楼」つまり、向島桟橋に呼ばれていく途中だと云った。
そこで私たちは錨を上げて、その後を追った。
間もなく水際に煌々と照らし出された大きな家が見えた。
そこで舞子たちは舟をもやい、呼び声や拍子で迎えられた。
船頭から聞いたのだが、これはヤオマツヤといって、蔓延して来たコレラを防ぐために特別なマツリを行っているのだそうだ。
それは宗教的な儀式というより祭のように見えた。
この踊りと音楽は、神々を喜ばせ、疫病というより神々の怒りの矢をそらせるためだそうだ。
『人の運命を司る偉大な支配者が、自分とまったく同じである』
つまり、華やかな情景や幼稚な演技を見て喜ぶだろうと考えるなんて、人の心はなんと馬鹿げていることか!
しばらくして、向きを変える帰ることにした。
一方空腹を満たしたい欲求にかられて、私は「台所」というよりはむしろ「オーケストラの席」――私たちは第二の個室を、こう呼んだ――へ入り、コックとボーイ兼任の役をつとめた。
先ず第一にすることはお茶を入れること。それでお茶碗を探し回る。
ペイトン氏は窓枠に坐って助言を与えたり、ラムネの瓶の栓をあけたりした。
私は急須にどのくらいお茶を入れたらよいかたずねた。
「スプーンに八杯で十分でしょう」
ペイトン氏は人数を数えてそう答えた。
急須がとても小さくてお茶の葉だけで一杯になりそうなので、ペイトン氏が歌を歌っている間に、自分の判断だけで適当な分量をそっと入れた。
船遊びが終わるまでには、更にいくつかの小さな出来事があり、どれも許せないほど馬鹿げていたが、とても面白かった。
十時ちょっと過ぎに新橋に着き、ウィリイと歩いて帰った。