Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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クララの明治日記 超訳版第104回−1

1879年12月27日 土曜
一昨日、クリスマスの夜も更けて皆様が帰られ、疲れきってやっと床に就いたと思った途端のことだ。
ひどい風が吹きだし、家がキシキシと揺れはじめ、怖くて寝られなかった。
風は昨日一日中吹いていた。
私たちは家に閉じこめられていたものの、残念ではなかった。
ジェイミーが新しい素敵な馬に乗って、見せびらかしに来た。
だが一番恐ろしいことは日本橋に大火が起きたことだ。
箔屋町から昼頃出火して、日本橋と京橋のあたり一帯を焼いたばかりでなく、強い風に煽られ火は東京湾の方にまで伸び、築地はほとんど全焼してしまった。
築地にあったメソジスト・ミッションは全滅。
教会、ソーパー氏、ミス・スクリーンメーカー、ミス・スペンサー、ミス・ヤングマン、ハウス氏の家のほか、この前の火事のあと建て直したウイリアムズ主教の家や何百もの日本人の家が焼けてしまった。
火事は本当に怖い。
沢山の人が刺すように冷たい冬の風の中を、家も財産もすっかりなくして夜を迎えている。
だというのに、冴えた青い月は雲一つない空から無情に見下ろしている。
ああ、慈悲深い神がこんなにも長い間、私たちの生命と財産とをお守り下さったことをどのように感謝したらよいのか。
三年前、私たちが木挽町で、同じように築地の火事で今にも危険な目に遭いそうになったとき、神が私たちをお救い下さったことを思い出す。
私たちと同じように、いやそれ以上に善良であるにもかかわらず、私たち以上に苦しい目にあっている人々であることを考えると、私たちの試練は本当に軽いものに過ぎない。
「神は不思議な働きをなさる」というのはまったく本当だ。
この大火でオルガンが六つ焼けた。
「ああ、ミス・スペンサー所有のオルガンは日本一のものだったのに」
ジュエット氏はそう云っているが、ディクソン氏は「クララさんのが一番良いと私は思いますけれどね」という。
もっとも、これは私のオルガンを買ったのは彼だからだ。
インブリー夫人の家、公使館、ユニオン教会などは無事だったが、ライト氏の家には二度火がついた。
ディクソン氏とクーパー氏はライト氏を助けに行き、家は助かって本当に良かった。
クレッカー家も幸いに助かった。
今日の午後――母は築地から帰ってきて、女の人たちから火事の詳しい模様を聞いてきた。
昨日の夕刻までに三十数町、八千戸が消失したそうだ。
ソーパー氏の家はウイリアムズ主教の家についで一番先に焼けてしまった。
当初日本人が「危険は無い」と断言するので、夫人は焼き出されるとは思わなかったそうだ。
そのうちに火がこちらの方に来だしたので、何かしなくてはと思い、来ていた古い普段着の上に素敵なオーバースカートと一番良いコートを着た。
それでも裁縫箱と赤ちゃんを抱え、ブランデーの瓶を持ってじっと立っているだけ。
「ソーパー夫人、そんなことをしていたら焼け死んでしまいますよ」
誰かがそう云っても夫人は動かないので、その人が夫人を抱えあげて海岸通りまで連れていってくれた。
ソーパー夫人はそこでしばらく我にかえり、ブランシェー氏の家まで歩いて行った。
だが火はまだ追ってくる。
なんとか人力車に乗ってマッカーティ博士の家まで行き、火事のことは何も知らず吃驚しているマッカーティ夫人にこう云った。
「私です。ご覧の通り身につけているもののほかは一切何もありません」
ソーパー夫人は親切に迎え入れられ、すぐに寝かされた。
火事の前の三週間は部屋の外に出ていなかったのだ。
火事の間、気が動転していたがそれがおさまると、こう呟いた。
「……何か起こるのじゃないかって気がしていました。だってこれ以上の安楽はないほどの生活で、この世で欲しいものなど他に何もありませんでしたもの。
今までがあんまり幸せ過ぎたのです」
これは宣教師にしては強すぎる云い方だ。


ミス・スペンサーは良い服や貴重品を全部大きなトランクに詰めて階段の下まで引っ張って行った。
けれど、最終的にそこに置き去りにしなくてはならなくなって焼いてしまった。
ミス・ホワイティングはミッション・スクールに行くために上等の服を一番悪い服と取り替えたばかりのところだった。
ミス・ホルブックスは、日本人も外国人も男手が全然なかったので沢山のものを無くしてしまった。
ミス・スペンサーが好きなヘリヤ氏は舟に乗って火の中を助けに行こうとした。
しかし、岸に近づくことが出来なくて、何も出来ずに家が焼けるのを見ていたという。
ミス・ヤングマンの美しい新しい家もハウス氏の隣の家も焼けた。
ハウス氏は火事が起きた時、横浜にいたが書類は助かった。
一番残念なのはオルガンが六台、ピアノが一台焼けたことで、ミス・スペンサーのオルガンは私の同じくらい良いものだった。
パチェルダー夫人は自分の家が焼けると思って、貴重品をトランクに詰めて庭に置いた。
が、外を見ると吃驚したことに大切なトランクに火がついていた。
家の中のものは全部無事だったというのに!
気の毒にさぞ悔しがっていることだろう。
インブリー夫人は銀器や宝石をランドセルに詰めておいたら、誰かが来て持って行ってしまった。
クラレン氏も沢山のものを失った。
だが、先日再来日したヴァーベック氏が命拾いしたのは本当に良かった。
この金曜日に沢山の人が圧死したのだが、彼も橋の上で群衆に巻き込まれて圧しつぶされて死にそうになった。
丁度その時、ヴァーベック氏は胸のポケットに入れておいた勲章――勲三等旭日章というそうだ――のことを思い出した。
そして日の出のマークがついた勲章を取り出し頭上高く差しあげた。
周りの人たちよりも頭一つ背が高かったので、出勤していた警官たちは光っているマークを見て、すぐに天皇陛下の印と分かった。
そこでヴァーベック氏を力任せに引っこ抜いた。
押してくる人々の頭の上から屈強な男が五、六人で力一杯引っ張ったので、彼の靴と靴下は脱げてしまった。
このように、勲章のお陰で大切な生命が助かった。