Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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帰ってきたクララの明治日記 第7回解説

【帰ってきたクララの明治日記 超訳版解説第7回】
「この解説コーナーでは何度か先走って紹介しちゃったけれど、うちの父様が随分クララのお母様に入れ込んでいたのがよく分かる証拠がこれね、5月31日のこの日記の一節」
『宗教については、ホイットニー夫人の宗教以外のものはいやだ』
「津田氏の証言もそれを裏付けていますわね。
勿論実際に、勝氏が改宗することはなかったのですけれど、津田氏と勝氏は、幕末から懇意にしていた間柄だけあって、それほど的外れなことを云われる筈もありませんから。
更に補強する証拠はこの一節ですわね。
『門には「ヤソキョウ」という表札をかけていたので、勝氏は自分のヤシキに教会をもっている、という評判が長いことたっている。』
つまり、勝氏自身がキリスト教の理解者である、と周囲が考えていたということですわ。
ただ、よく分からないのは、この『門に表札をかけていた』ということの意味合いそのものなのですけれど」
「現代だと門に表札、苗字を掲げているのが普通なんだけど、少なくとも江戸時代、大名や旗本屋敷では門に表札を掲げる習慣はなかったんだよね。
多分“その屋敷に用事がある人間”は“知っていて当然”という前提があったからだと思うけど。
滅多にない凄い大出世か、お家お取り潰しにでもならない限り、その敷地はその一家が半永久的に引き継いでいくものだったし」
「代わりに江戸の古地図を見ると、随分詳細に大名・旗本屋敷は描かれていますわね。
そういった地図が現代まで多く残っているということは、訪問する側がこういった地図で確認してから訪問するのが一般的だったということもあるのかしら?」
「表札を掲げるようになったのは、確認したことがないから想像なんだけど、多分郵便制度が普及した後からだと思う。少なくとも明治中期以降だろうね。
だから、この場合の表札というのは、周囲の当時の日本人の目からすると、多分商家と同じで“職業”とか“職種”を掲げているみたいなイメージになったのかな?」
「いずれにせよ、勝家の広大な敷地の中で、クララたちが日本にいない間も、キリスト教の小さな集会が続いていたことが分かりますわね。
貴女のお姉さんたちの屋敷か、クララたちが日本を離れるまで住んでいた屋敷かは分かりませんけれど。
ちなみに、もう少し時代が下ってからの話ですけれど、貴女の二女である正代さんの幼い頃、つまり勝氏の最晩年当時の記憶を元にして再現された勝家の敷地内の間取りを見ると、勝家の屋敷地内の一番西側に、お逸の二番目のお姉さんである疋田孝子さんの家があって、丁度道路を挟んで西向かいにあったのが、兄のウィリィさんが建てたホイットニー赤坂病院。
更にその南隣が教会兼クララたちの家があったようですわ。
流石に敷地内にキリスト教会はなかったようですけれど、世間の人は普通に勝家の続きに、キリスト教ドクターの病院と教会がある、という認識だったでしょうね」
「父様、そこまでキリスト教に理解があって、姉様たちが実際にキリスト教に改宗してしまっても特段反対した形跡がないにもかかわらず、梅太郎の牧師になるという望みは当初反対していたみたいなんだよね。どうしてかな?」
「……貴女の弟さんの場合、牧師云々以前の問題な気がしますわよ。
クララも時折“我に返っては”書き記していますけれど――この日の日記では嬉しさのあまり、梅太郎君への評価がまた甘くなっていますわね――意志の弱さは相当のもののようですもの。
学校にも通わず家でゴロゴロ、人の意見を聞いては自分の意志をコロコロと替えていたようですわよ」
「流石、我が家! 現代社会のニート問題を百二十年以上も先取りしていたなんて!」
「……本人を前にして云うのもなんですけれど、娘さんの証言を聞く限り、姉であるお逸は勝氏の薫陶を随分受けて、夫の地位がどんどん上がっても質素倹約な暮らしをしていたようですのに、何故その弟はこんな事に……。
貴女の娘さんの証言を聞く限り、周囲からの評判は最悪だったようですわよ、貴女の弟さん」
「……クララ、小さな頃からそんな梅太郎を知っていたから、放っておけなかったんだろうなあ、姉属性持ちとして」
(終)


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