Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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帰ってきたクララの明治日記 第11回−2

1884年2月7日 木曜
今日は雨降り。
いかにも二月らしい、雪どけの陰影な日。
アディと私は居間に囚われの身となり、勉強や書きものや、スクラップ・ブック作りや手芸などをした。
婦人方はこんな日には祈祷会に出ては来ないだろう。
ちょっとの間、日記をつけよう。
今朝、約束どおりに、内田夫人についておば様の遺骨が眠る宝泉寺へ行った。
火葬――恐ろしい習慣――は葬式の翌日に行なわれた。
今やあの親切な老婦人は壷の中の数片の黒焦げの骨だけになってしまった。
法要が九時に始まるので、八時十五分ごろ家を出て、ひどいぬかるみと雨と雪の中を、約一マイルほど人力車で行き、お寺に着いた。
お寺は丘の上に建ち、石段を上り、杉の木陰の路を通って行ったところにある。
私たちは住職の家の方へまわって行き、入口で寺僧に迎えられた。
この青白い顔の若者は、歓迎のことばを述べて、私たちを長い迷路のような廊下を案内して応接間に通した。
お茶を出し火鉢をすすめ、天気が悪いことなどを話して、立ち去った。
間もなく近くの鐘の音に答えるように、寺の中の鐘が鳴り、この荘厳な響きはしばらくの間続いていた。
その間中、内田夫人、幼い保爾――ヤーちゃん――と私、それに内田家の家扶である神山と内田家の老僕は、かしこまって坐って待っていた。
ヤーちゃんは火鉢の中から炭を指でつまみあげては、みんなのほうを見てニヤニヤ笑っていた。
間もなく本堂に迎えられた。
ここには手の込んだ仏壇があり、周囲には寺の檀家の物故者の位牌がおいてある棚が並んでいた。
中央に大きな鐘が置いてあり、仏壇の前に三つの経机が並べてあった。
本尊がまん中に、脇侍の小さい像が両側に立っていた。
少しおくれて、宝泉寺の住職が入って来て、仏壇にお辞儀をしてから、経机の前に坐った。
腰のところから箱ひだになっている縮緬の緋の衣を着け、その上に、白と金色の錦地の袈裟を左肩に結んで、暗赤色の衣の上に優美にかけていた。
手には馬の尾のようなものを持っていた。
かぶり物は、同じ錦地で肩にかかるケープがついていた。
これをかぶると本当にお坊さんらしく見えた。
読経が始まったが、間に時々青銅の鐘の柔らかい音が入った。
内田夫人は、体を私の方に乗り出して云った。
「本当に無益な儀式です。お坊さんがお祈りしているのですよ」
内田夫人は目に涙を一杯ためて、無表情に度胸を続ける僧の顔を見ていた。
私も、こんな無益な方法で神を求めている気の毒な人たちに対し、悲しみと哀れみを感じた。
法要は長くはなく、すぐに僧たちは仏壇の蓮の形の器に香を焚き、私たちにお辞儀をして立ち去った。
これは私たちにお焼香するようにという合図である。
内田夫人は、私に悲しげな目をむけてヤーちゃんとともに前に進み出た。
きのう私たちはこの焼香の風習について話し合ったが、内田夫人はクリスチャンとして、この風習に従うべきでないことは知っている。
しかし、もし焼香をしなかったら、動機を疑われるだろうと思う。
焼香とは礼拝するだけではなく、尊敬のしるしだからである。
神山と老僕とは焼香をしたが、私は失礼させていただいた。
その代わりに、お墓にあげる花環を持って来ていた。
私たちが出る前に住職が入って来て、ちょっと話をしたが、かぶり物と袈裟はぬいでしまっていた。
そして一番に保爾に、次に内田夫人にお辞儀をし、内田夫人に向かって天気のことを話し「白いものが落ちて〈雪のこと〉」と言った。
次に私、神山、老僕にお辞儀をした。
骨董を集めている神山は、坊さんに、そっときいた。
「あちらの脇侍の像にほれこみました。近頃は、あのような像が買えるかどうかご存じですか」
「買えないと思いますよ」
「どこに行ったら買えますか」
しつこくたずねる神山に、内田夫人は笑いながら云った。
「神山さんはよくお寺に行くのですよ」
「あの像は、有名な彫刻家〈名前をあげて〉が当寺のために彫ってくださったのです。
国中どこへおいでになっても、このようなものは二つとないと存じます」
僧は答えた。
神山はさらに何か言いたそうだったが、寺僧がお菓子とお茶をもって出て来たので、話は打ち切られた。
内田夫人は「今日は母と妹たちが一緒にに来るはずでしたが、風邪をひきまして、雨で出かけられませんでした」と言った。
住職は遺憾の意を表してから、夫人のほうを向いてきいた。
「あなたもお風邪をおひきのようですね」
「はい、いま流行っておりますので、私も……」
住職は「お大事に」といって引っ込んで行った。
私たちは玄関でもう一度住職に会ったが、その時は一人一人彼の前でちょっと膝をついてお辞儀をした。
それからお墓に行った。
それは内田家に属するたくさんのお墓の中の一つであった。
内田氏のお墓には紋がついており、墓――五輪塔――の五つの部分は五つの元素を表わしている。
四つの白い提灯が、おば様のお墓の上に下がっていた。
花がその前に置いてあり、あるものには、贈り主の名刺がついていた。
私のお花は灰色の石の上にやさしく枝をたれている木の枝にかけた。
私たちはうるんだ目をして、ここを立ち去った。
内田夫人は階段を下りながら云った。
「老人が亡くなるのは悲しいことです。
でも若い人やあなたのお母様の時ほどに嘆けません。
老人は役に立たず、不幸せものです。
それでも私は……涙のために目がよく見えないほどです」