Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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帰ってきたクララの明治日記 第14回−3

1884年5月8日 木曜
お気の毒に小鹿さんは、時に生命をおびやかすようなひどい発作を数回起こされている。
お気の毒な方。
発作と、その間のひどい苦しみを絶えず恐れて、人生に楽しみをほとんど持つこともできない。
兄がほとんど毎夜ついて差しあげている。
お気の毒なあの方をお慰めできるのは、兄が一緒にいて差しあげることだけである。
勝氏のご親切にこのようにして報いられるのはとても嬉しい。
そして勝ご夫妻も、私たちのして差しあげられる小さな助力を深く感謝してくださっているように思われる。
発作が治まるとアメリカの食物を欲しがられるので、小鹿さんの奥様が、作り方を習いに来られる。
日本のお医者様は小鹿さんを見放しているが、ヘルツ医師と兄は治ると考えている。
内田夫人は忠実な看護婦だ。
小鹿さんは常々「ウチダノネーサンは一番親切だ」と言っている。
内田夫人は先日、私にそうおっしやってから付け加えて、次のように言われた。
「でもこんなに褒められても、私は得意には思いません。
ただ、キリスト教の功徳を弟に示したいのです。
私は神様の私への大きなあわれみと親切を思い、その同じあわれみと親切を弟に対して持ちたいと思います。
弟がこのことに気づいてくれたのを嬉しく思い、それが弟をよりよい方に導いてくれることを願っています」
内田夫人は強い、頼りになる方で、日本の貴族の家族より、むしろアメリカ人の農家に見かけられるある種の不屈の良識を備えておられる。


今日は午前中数人の旧友と楽しい時を過ごした。
小鹿島夫人となったおふでさんが、友達の一行といっしょに芍薬が盛りの芝公園ヘピクニックに行こうとさそってくださったのだ。
庭園まで歩き、花を観賞してから庭園内の東屋に入り、おふでさん手製のお弁当をいただいたが、どれも日本料理で大変おいしかった。
一重ねの漆の重箱に入れたのを一人の使用人が背負って来たのだ。
食事の後、私たち五人は坐って話した。
日本婦人の状態とか、早婚とか、人前での態度とかを、外国婦人と比較して論じた。
慈善病院のためのバザーについて話し合い、大体において不賛成たった。
「日本の貧しい女性たちを永続的に助けられるものなら、私は着物を売り、裸でいるのですが」
おふでさんが言った。
「あの人たちは怠け者で無知です。教育が必要です。しかし、今私が一生懸命働いていることは、ただ少数の人に、一時的に役に立つだけです」
工芸学校の問題が徹底的に論じられた。
私はそれが何か素晴らしい結果になることを希望している。
吉原夫人のよい面が発揮されたのだ。
十分に有能な方なのだからおっしゃるとおり、貧しい日本女性のために工芸学校を創立なさることを希望する。
このような仕事は、自分だけの安楽な生活をし、この企画のために時間とお金を与える余裕のある有閑婦人方にどんなに貴重な影響を与えることであろう。
もちろん現在のところではキリスト教があの方々の仕事に入り込むことはないであろうが、その無言の力と影響が根底にあることを私は知っている。
どうぞ神様がその導き手であられますように。

1884年5月8日 木曜
お気の毒に小鹿さんは、時に生命をおびやかすようなひどい発作を数回起こされている。
お気の毒な方。
発作と、その間のひどい苦しみを絶えず恐れて、人生に楽しみをほとんど持つこともできない。
兄がほとんど毎夜ついて差しあげている。
お気の毒なあの方をお慰めできるのは、兄が一緒にいて差しあげることだけである。
勝氏のご親切にこのようにして報いられるのはとても嬉しい。
そして勝ご夫妻も、私たちのして差しあげられる小さな助力を深く感謝してくださっているように思われる。
発作が治まるとアメリカの食物を欲しがられるので、小鹿さんの奥様が、作り方を習いに来られる。
日本のお医者様は小鹿さんを見放しているが、ヘルツ医師と兄は治ると考えている。
内田夫人は忠実な看護婦だ。
小鹿さんは常々「ウチダノネーサンは一番親切だ」と言っている。
内田夫人は先日、私にそうおっしやってから付け加えて、次のように言われた。
「でもこんなに褒められても、私は得意には思いません。
ただ、キリスト教の功徳を弟に示したいのです。
私は神様の私への大きなあわれみと親切を思い、その同じあわれみと親切を弟に対して持ちたいと思います。
弟がこのことに気づいてくれたのを嬉しく思い、それが弟をよりよい方に導いてくれることを願っています」
内田夫人は強い、頼りになる方で、日本の貴族の家族より、むしろアメリカ人の農家に見かけられるある種の不屈の良識を備えておられる。


今日は午前中数人の旧友と楽しい時を過ごした。
小鹿島夫人となったおふでさんが、友達の一行といっしょに芍薬が盛りの芝公園ヘピクニックに行こうとさそってくださったのだ。
庭園まで歩き、花を観賞してから庭園内の東屋に入り、おふでさん手製のお弁当をいただいたが、どれも日本料理で大変おいしかった。
一重ねの漆の重箱に入れたのを一人の使用人が背負って来たのだ。
食事の後、私たち五人は坐って話した。
日本婦人の状態とか、早婚とか、人前での態度とかを、外国婦人と比較して論じた。
慈善病院のためのバザーについて話し合い、大体において不賛成たった。
「日本の貧しい女性たちを永続的に助けられるものなら、私は着物を売り、裸でいるのですが」
おふでさんが言った。
「あの人たちは怠け者で無知です。教育が必要です。しかし、今私が一生懸命働いていることは、ただ少数の人に、一時的に役に立つだけです」
工芸学校の問題が徹底的に論じられた。
私はそれが何か素晴らしい結果になることを希望している。
吉原夫人のよい面が発揮されたのだ。
十分に有能な方なのだからおっしゃるとおり、貧しい日本女性のために工芸学校を創立なさることを希望する。
このような仕事は、自分だけの安楽な生活をし、この企画のために時間とお金を与える余裕のある有閑婦人方にどんなに貴重な影響を与えることであろう。
もちろん現在のところではキリスト教があの方々の仕事に入り込むことはないであろうが、その無言の力と影響が根底にあることを私は知っている。
どうぞ神様がその導き手であられますように。