Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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帰ってきたクララの明治日記 第14回−1

1884年7月(日付不詳)
先月の6月12日から14日にかけて開催した日本初の慈善バザーは成功をおさめた。
精力的な日本の婦人方は品物を売って、総額一万円の純益をあげた。
私はヘップバン夫人と一緒に鹿鳴館へ行った。
そしてこの珍しい催しの大成功を大変うれしく思った。
ほとんど全てのテーブルで私は係の日本の婦人方の中に親しい顔を見かけた。
価格は勿論おかしいくらい高かった。そして騙されたとこぼしている人も多かった。
でも全体としては楽しい行事だった。
アディと私は先週火曜日、坂部夫人のお宅でのとても面白い集まりに出席した。
坂部夫人は長田夫人の祈祷会の一員で、三年間ご主人と神戸に行かれる。
私はあの方は箪笥町あたりの貧しい婦人の一人と思っていたので、丘の上の美しい小さな家に住んで、なかなかの古物蒐集家であることを知ってちょっと驚いた。
そこに着くと長田牧師を始め数人の牧師さんがいた。
坂部夫人は、私たちに綺麗な家を全部案内してくださり、最後に二階にまでつれて行ってくださったが、間もなくそこへ東京の宗教界で有名な人たちを含む日本婦人たちの一団が入ってきた。
裕福な未亡人で、石の教会を建てた粟津夫人は、この上もなく愛らしい赤ちゃんを抱いた、まだ少女のような顔つきのやさしい婦人をつれて来られた。
周りにぐるっと坐っていた婦人たちは、茶菓が行き渡る間、赤ちゃんたちを比べたり、楽しげにおしゃべりをしたりしていた。
私たちはお祈りをしたり、そのあとで賛美歌を歌ったりした。
この人たちの交わりの中に、ごく自然に宗教的要素と社交的要素が混じりあっている有様を見て、大変うれしく思った。
あの人たちは祈祷会に来ても、かたくもならず束縛もされていなかった。
懇親会のために父の屋根の下に集まった兄弟、姉妹の家族のようであった。非常に敬虔で、しかも陽気になり過ぎない快活さであった。
おふでさんは、長崎にあるご主人の家に行くことになって、私か淋しがるだろうと気の毒がっている。
お逸さんは約五マイル離れた小石川の白山に越して行った。


お気の毒に、小鹿さんの奥様であるおたてさんは死の床にある。
医師の技術でも手に負えぬ併発症に取りつかれ、美しい体を完全に損って、死を待つばかりである。
私はあの方のことが大変心にかかっていた。
と言うのはおたてさんは主イエス・キリストについて聞き、聖書を毎朝読んでいらっしゃるけれど、知識は皮相的で、この世のかなたにある、もっと輝かしい、もっとよい生活についてはほとんどご存じないのではないかと思う。
内田夫人と疋田夫人にそのことを話したら、二人とも心配はしていたけれど、誰もすすんでおたてさんに話す人はいなかった。
もし私が口を切ったら二人も続いて何か言おうということになった。
そこである夜出かけたが、部屋は人が一杯で、その中には、私かまだお会いしたことのない、おたてさんの妹さんのおなつさんもみえていた。
私は何かいうことを考えようとしたが、舌がこわばって動かなかった。
しかし、やがて一人ずつ部屋から出て行き、とうとう内田夫人と私だけが残った。今こそ好機到来と思い、おだてさんの手を取った。
「おたてさん、お具合が悪くてほんとにいけませんね。とてもあなたをお助けしたく思います。あなたのために毎日お祈りしています」
「ありがとう。ほんとに親切にしてくださいました。でも私はとても病が重いのです」
「でもお一人だげあなたをお助けできる方があります。それぱ大変やさしく愛に満ちた私たちの主イエス・キリストです。そして私は、あなたがキリストをお信じになるようのぞみます。
とても易しいことなのです。どうぞ信じてください。キリストはあなたに、この世と、それから次の世のために、ほんとうのなぐさめをくださいます」
「ありがとう。私は聖書がとてもよいことを知っています。でもそれを理解することができません。とても頭が悪いものですから」
明らかに私の熱意に心動かされておたてさんは答えた。
「私たちの中で最も賢い人だって、聖霊の助けなしには聖書を理解することはできません。
しかし聖書の中には、あなたもおわかりになるような多くの慰めになる章句があります。内田さんにそれを読んでいただいてはいかが」
「喜んで。お姉様、いつか読んでくださいますか」
内田夫人は喜んで約束なさった。そしてその後もそうしていらっしゃることと思う。
皆さんが戻って来られたので「お休みなさい」を言った。
 そのとき、勝夫人は戸の外で聞いておられたが、こう仰った。
「ありがとう。また来て、気の毒なおたてに福音について話してあげて頂戴」
次の日おたてさんは大変元気が出たので、話をすることが助けになったのだと考えて、もう一度私を迎えによこした。
しかし私は丁度悩み事のあった津田梅子さんと一緒に祈っていたので、後になるまでそのことを知らなかった。
その時以来おたてさんと話すことはできない。
あまりに病が重く、弱っておられるので疲れるといけないから話はできない。
もっとも私たちはおたてさんの前で宗教的な会話はしていたけれど。
神は時折私たちを道具としてお使いになることはあるけれど、私たちの助けがなくとも神ご自身はあの方をお救いになれる。
しかし私は誠実さに欠けていたと感じる。
そしてもっともっと多くのことをおたてさんのためにしてあげられたらよかったのにと思う。


私は先月、九鬼隆一夫人に紹介された。
特命全権公使のご主人と一緒にアメリカに行かれるので、衣装をすっかり見てあげるように頼まれた。
来月出発されるので、このため大変忙しくなった。
まだしなければならないことがたくさんある。
すでに一回横浜に行って来た。公使と二人の紳士と九鬼夫人とご一緒に滑稽な時をすごした。
価格のことなど考えないで、左右手当たり次第にあらゆる種類の美しい物、腕輪や宝石類に至るまであつらえるのはまったく贅沢であった。
でも私は本当に楽しかった。
長時間にわたる興奮と心配でやや疲れはしたけれど。
九鬼夫人の衣装の準備は進行したが、今日はアメリカに同行される予定の、ある大名の若い令嬢を連れて来られ、その人にも服装の用意を手伝ってあげるよう頼まれた。