Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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帰ってきたクララの明治日記 第14回−2

1884年7月17日 木曜
昨日の午後、エマ・ヴァーペックを訪れて帰ると、突然勝夫人から迎えがあった。
使者の言伝でおたてさんが亡くなったと思い、急いで行き、目を真っ赤にした勝手働きの女中に迎えられて、小鹿さんの前に案内された。
小鹿さんは火鉢のそばに坐り、やはり泣いておられた。
もう一方の部屋に行くように言われ、そこへ勝夫人が私を迎えに出て来られた。
やさしい老いた顔に悲しみをみなぎらせておられたので、私はお手を取り、やっと泣き出した。しばらくの間私といっしょに泣かれてから、「まだ息があるのですよ」とささやかれた。そして私を病室に導かれた。
そこには家の者が皆集まり、激しく泣いたり、すすり泣きしながらこの臨終の婦人を見守っていた。
病人はフトンの上に横たわり、空気枕から頭を半分落として、せわしく不規則な呼吸をし、時々ゆるんだ痰が咽頭でカラカラ音をたてていた。
彼女の忠実な看護婦はそばに坐り、時折唇をぬらしてあげていた。
大名の桜井忠興氏とその奥方、令嬢と令息は心配そうに円形を作り、青ざめた顔の表情の変化を一つも洩らさじとじっと見守っていた。
父君桜井氏は輪郭のはっきりした顔立ちで、大きな黒い目をして若々しく見えたが、坐ってキセルをくゆらし、心配を見せまいとしておられた。
しかしおなつさんのやさしい目は涙でいっぱいであった。
桜井家の主席家老はお床の頭の方に坐り、おたてさんの脈をとっていた。医者の経験があったのだ。
おきく、およね、おゆき、おとよ、おきん、おかね、おいとたちは戸の近くに座り、ご用があれば何でもとかまえていた。
一方、内田夫人はお床の上に坐って妹の頭を支えておられた。
その他の人は、オシショウさん、岡田夫人、疋田夫人と七郎で、半開きの戸口からは時々通りかかる人の顔が見えていた。
七太郎であったり、神山であったり、長次、梅太郎、時には勝氏ご自身であったりした。
勝氏は落ち着きを失った亡霊のように、心配を抑え切れず、うろうろしておられた。
私は二時間の間、内田夫人とお床に伏している方を団扇で扇いであげたりした後、呼ばれて外に出た。
病人はその夜九時に、兄がおそばにいる間に静かにこの世を去られ、この世で見られたどんな朝よりももっと輝かしい朝に目覚められたことであろう。


私たちは、たしかにおたてさんは救いを受けられたと信じている。
なぜならば、意識のある間に、最後になさったことはイエス様への信仰の確認であった。
兄は疋田夫人に、二、三日前に、多分もう間もなくそうする機会がなくなるだろうと思われるので、おたてさんに話をしたほうがよいと申し上げた。
疋田夫人はお話しになったが、おたてさんが何とおっしゃったかは知らない。
ただ次に兄が行った時、おたてさんはイエス様のお話をもっと聞かせてほしいと言われた。
そこで兄がやさしい単純なお話をし、終わって一緒にお祈りをした時、おたてさんはこう仰った。
「私はこのようなことを信じます。私はキリスト教信者です」
すぐあと意識がなくなり、そのまままったく意識を失ってしまわれた。
満二十歳だった。
葬儀は明日行なわれる。
そして勝夫人はアディと私に、一緒の馬車でいらっしゃいとおっしゃった。
お邸は今日は人で溢れている。
小鹿さんは例のひどい発作におそわれ、今日もすでに三回発作が起きている。
皆さんの苦労と心配には終わりがないようだ。
このままでは、二重の葬式になりかねない。
お気の毒に勝夫人は心配と忙しさでご自身ほとんど病気になりそうだ。
弔問に訪れるすべての人にお会いにならなければならないし、度を越した日本流のお悔みやなぐさめをお聞きにならなければならない。
キリスト教式告別式をしようという案もあったが、桜井家が仏教であるので強く反対され、儀式は仏教によって行なわれる。
このヤシキではこの一年半の間に五回目の不幸である。