Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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……というわけで、すいません。今週の「クララの明治日記 超訳版」はお休みさせて頂きますm(_)m。代わりに、しばらく前まで全面改稿していたけれど、結局セルフボツになったオリジナル作品の冒頭からのご紹介。
以前第3章だけ紹介したのですが、結局このキャラ配置では歴史部分の説明が「浮きすぎてしまう」という欠点がどうしても回避できず orz。
という訳で、書いている当人が読みづらいと自覚している作品ですが、クララの日記でもこれから頻繁に登場する勝海舟とその邸の模様もありますので、今回第1章の途中までを。
舞台はクララが日本にやってくる二年前の明治7年6月の東京、浅草寺から始まります。


〈第一章〉ドイツ人武器商人
「この助平! 変態! 色情魔!」
青年はかれこれ数分にわたり、生ける暴風雨に曝されていた。
脛、脇腹、こめかみ、そして金的。
若い牝鹿のように躍動的な少女の足は、的確に男の急所を責め立てる。
彼は悶絶しながらも海老のように身体を丸め、その猛攻を凌ぎ続ける。
「やめ……助け……堪忍して……」
境内に充たされる人々の無数のざわめき、人の群が奏でる下駄の音の旋律、鈴の音や太鼓、僧侶の読経の声、何百という鳩の羽ばたき。
哀れ、青年の必死に助けを求める声は、それらの音で掻き消されてしまう。
「ろくでなし! 人でなし! 性悪男!」
すぐ周りにいた人々も呆気にとられ、誰一人として彼女の暴挙を止める素振りさえ見せない。
惨めで、陰惨で、悲惨な光景……である筈なのだが、少女のすがしくなるほど綺麗で軽やかな蹴りが、人々の脳裏から目の前の光景の意味を把握させることを放棄させていた。
「与太者! ごろつき! ならず者! アンタみたいな人間の屑にこの国で生きる資格なんてないんだから!」
……青年は薄れゆく意識の中、自分の現在置かれている状況をぼんやりと思い出していた。


境内にいた鳩が一斉に飛び立つ音で僕は我に返った。
大通りから続く石敷きの参道。その凄じいばかりの人だかりを目の当たりにして圧倒されっぱなしだったけれど、僕はようやくここにやって来た当初の目的を思い出す。
マルセイユから香港行きの客船に乗り込んだのはもう五〇日も前だ。長い航海を経て、ようやく横浜に辿り着いたのが昨日の昼過ぎ。昨晩は横浜の海岸沿いにある横浜グランドホテルで宿を取り、今日の早朝、二年前開通したばかりの横浜新橋間の鉄道に揺られ、帝都東京に足を踏み入れるという強行軍。それが堪えないわけじゃなかったけれど、目の前に次々と現れる蠱惑的な光景が僕を探求心と好奇心の虜にしていた。
約束通り、グランドホテルに預けられていた紹介状によれば、待ち合わせ場所は間違いなく帝都東京の東端にあるこの寺の境内だ。
幕末時に一度焼失し、先年仮再建された浅草寺の二重屋根の大門をくぐる。美しい朱色に彩られた二重屋根の大門の両側には、極彩色の仏像が鎮座し、参拝客を迎え入れる。
本堂へと向かう参道。その左右に立ち並ぶ店々には様々な品物が並び飾られている。
可愛らしい湯飲み茶碗、鼈甲の首飾り、銀細工の煙管、精妙な彫り物の施された根付けや印籠、淡紅色の縮緬。いずれも芸術的にまで洗練された一箇の美術品とも言える出来映えだ。
小さな芸術品を穴の空くほど観察していた僕は、奇妙な居心地の悪さを感じて振り返る。
声にならぬ歓声がどっと沸き起こった。そこには僕を半円状に取り囲むように人の輪が出来ていた。僕を見つめる彼らは一様に好奇の目を輝かし、表情にはあからさまに物珍しさを浮かべている。もっとも昨日来そんな奇妙な反応に慣れてしまったので、とりあえず無視して再び歩を進める。この国の人にとって僕たちはまだまだ物珍しい存在なのだろう。
待ち合わせ場所である三重塔を探していると、ぎょっとするような光景に出くわした。
大きな偶像――四天王という仏法の守護者らしい――を納めた堂の前で、なんと参拝者たちが神像に向かい口に含んだ紙片を吐きつけているのだ。東洋には「天に唾する」という慣用句があるとは聞いていたけれど、まさか本当にそのような「神をも恐れぬ振る舞い」をしているとは……。
しかし暫く観察していると、やっと彼らの行為の意味が掴めてきた。どうやら参拝者たちが口に含んでいるのは願い事を書いた紙らしい。そして口に噛んで丸め、吐き出されたその紙片が神像を覆う網格子の隙間を通り抜け、神像に張り付けば願いが叶う、という仕組みのようだ。
……それにしても。
我々の神に対する態度とはあまりにも違う、彼らの「信仰心の現れ」に首を傾げながら振り返り、堂の石段を降りようとした瞬間だった。
「きゃっ!」
何か柔らかいものにぶつかった。
そう思ったと同時に、上がった可愛らしい声と鈴の音。
咄嗟に体勢を立て直そうと足を踏ん張ろうとはしたしたのだけれど、それは逆効果だった。僕は狭い石段を踏み外し、つんのめるような態勢になってしまう。
落下が回避しがたいことを悟るや、僕は目の前の柔らかな身体を抱きしめた。そして身体を精一杯捻り、自分の背中から地面に落ちるような態勢を取る。
衝撃は予想された程のものではなかった。背中から上手く落ちたこと、石段が五段程度だったこと、そして自分が今抱きしめているのが小柄な女性だったことが幸いしたようだ。
……女性? そう無意識裡に判断した僕の視野は一面の暗闇に占拠されていた。
だけど何故だか不快さは感じない。嗅覚一杯に広がった太陽のような匂いは、あの懐かしい揺り籠を思い起こさせた。
そして僕の左右の頬を柔らかく、暖かく包み込んでいるのは、彼女の形の整った…… 
「早く葵さまから離れろ、この変態野郎!」
僕らのすぐ頭の上からあがった、変声期前の少年のような甲高い声。それで一瞬にして状況を把握する。しっかりと抱きしめていた彼女を、僕はそのまま横抱きするように起こした。
彼女の腰に結わえられた可愛らしい鈴が、チリンと玲瓏な音を響かせる。
鳥の濡羽色のように美しく長い黒髪が印象的だった。
抜けるように白いきめ細やかな柔肌とのコントラスが絶妙だ。卵形の小さな顔は整っているものの、冷たい感じではない。
戸惑いと驚きを照れ隠しするように、いま咲いたばかりの花のように生々とした表情を浮かべている。切れ長だけど、春の陽の光のような穏やかさをたたえた彼女の瞳は夜空の星のように澄み、微塵の濁りも見えない。
だけど、何よりも僕の心に飛び込んできたのは彼女の纏う独特の空気だった。
そう、たとえるのなら、春の日溜まりのような暖かさ。
ハッと我に返った僕は、言葉を並べようとして口籠もってしまう。
随分日本語は勉強したつもりだったのに、こういう咄嗟の場合だと、やはり……
「ご、ごめ……」
とりあえず詫びの言葉だけでも言おうとする僕の頬骨を、少女のカモシカのように細い足が捉えた。


惨劇はいまだ止む気配を見せず、なおも拡大の一途を辿っていた。
「このぉっ! このぉっっ! このぉっっっ!」
「ぐげぇっ! ぐぼっ! ぶっはぁぁぁっっっ!」
金髪に翠眼、そして抜けるように白い肌。明らかに日本人と異なる容姿をした青年は、無抵抗のまま少女の蹴りを受け続けていた。罵倒の語彙を使い果たしてもなお、全身から怒りの炎を撒き散らしている少女――童女といった方が相応しい年齢だ――は黒絹のように綺麗な髪を、耳元までばっさりと切りあげていた。彼女の炎のような性格を現すようにその髪型は硬い。
袂を切り、袖を細くして、裾を短くした山吹色の袴――通称を風流小袖という――を履き、しかも帯は細帯だ。御一新から七年を経た“今”の時代でも異色の、かなり傾いた服装だ。
「あの……翠ちゃん、そろそろ……」
童女の傍らでは、先程転倒に巻き込まれた女性が、眼前の惨劇をおろおろと見つめている。
彼女が纏っているのは淡雪のような白い常衣に、紅梅色の袴。典型的な巫女装束だ。
童女よりは年上だが、彼女もまた若い。花の蕾がまさに開かんとする一七、八歳といったところだろうか。眉剃りも、お歯黒もしていないことが、彼女がまだ少女と呼ぶべき年頃であることを証明していた。
自分の制止の言葉が全く届いていないことを理解した彼女は「……よしっ」と、一つ頷いて自分に気合いを入れるようにする。その仕草もまた、幼い子供がするように芝居じみて可愛らしい。
彼女は大きく息を吸い込むと、意を決して精一杯の声を張り上げる。
「翠ちゃん、遠路遙々やってきた異国の人にそんな酷いことしちゃ駄目よ! それにこの人、倒れるときに私を庇ってくれたの。悪い人じゃないと思うの、きっと」
「葵さま! そんな甘いことを言っていてはこの国は不良外国人どもに占拠されてしまいます。コイツら、人畜無害そうなふりをして心の中では常にこの国を、この国の人間を辱めようと思っているに決まっているんです!」
翠と呼ばれた少女は、巫女姿の少女の制止をあっさり切り捨てる。
「ち、違います。僕はここで人と待ち合わせしているんです」
翠の一瞬の攻撃の狭間。それを突いて出た男の弁明の言葉は流暢な日本語だ。しかし、それも翠には何の感銘ももたらさない。なおも憎々しげに、無言で蹴りを入れ続ける。
「……あっ!」
為す術もなく再び立ち竦むしかなくなった葵という名の少女は、何かを思いだしたようにポンと一つ手を打つ。ごそごそと常衣の袂を探って取り出した書状に一度目を通す。それは彼女たちが出迎えに来た「異国の客人」の人相書きだった。更に念入りにもう一度読み直すと、翠の肩を人差し指でツンツンとつっつき、書状の文面を広げて見せた。
「……翠ちゃん、これこれ」
「なんです、葵さま!? えっ? 『年の頃は二十歳前後。薄い金髪に、ミルク色の肌。切れ長の目に、紺翠の瞳』って……あれ? あれ? あれ? あ、でも『綺麗にすらりと伸びた鼻筋』ってのは当てはまらないんじゃないですか?」
「それは……」葵は躊躇いがちながらも、極めて高いと思われる可能性を口にする。
「翠ちゃんがこの人を蹴り続けたから変形しちゃったんだと思う……」
「えっと……じゃあ、ひょっとして……コレが殿様の仰っていた?」
男への攻撃を止めた翠という名の少女は、額から汗を流しながらしゃがみ込み、自分が蹴り回していた青年の顔を覗き込む。童女の小さな額を流れる汗は、運動によって吹き出したものでは決してない。その姿勢のまま固まってしまった彼女に代わり、葵が問いを発する。
「あのぉ〜、ひょっとして、貴方……ギュンター・フォン・シュバルツさん?」
その問いに、男は虚ろな表情を浮かべたまま一つ頷くと、白目を剥いた。


赤坂の氷川にあるその敷地は面積こそ広大であるものの、屋敷自体はいたって質素な造りだ。門から玄関まで敷かれた石畳を渡ると、幅が一間あまりしかない玄関の左右に高張提灯がたててある。狭い廊下を渡って辿り着いた目的の部屋は、僅か六畳一間。古木を利用した座机と熊の皮が四枚敷いてある以外は何の飾りもない。それでも四人も人が入れば、一杯になってしまう広さだ。
まるで貧乏侍の住まいのようだが、部屋の入口にかかる額縁がこの住まいの主の正体を雄弁に物語っている。幕末の思想家にしてこの部屋の主の義兄、佐久間象山の手によるそれには“海舟書屋”とあった。
「そいつはお前さん、災難だったな」
葵から事の経緯を聴き終えると、江戸幕府最後の幕を引いた男、勝安房守義邦こと勝海舟はひとしきり笑った。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
翠はしきりに頭を下げ、詫び続ける。
「いいんですよ、気にしていませんから。誰にでも間違いはあります」
金髪翠眼の典型的ドイツ人、ギュンター・フォン・シュバルツは何の遺恨も感じられない声音で爽やかに言い切った。もっとも濡れた手ぬぐいで腫れ上がった顔を押さえていたため、その言葉がくぐもったのは致し方ない。
「……フン。誰もアンタなんかに謝ってないよーだっ!」
翠はボソリと、しかし確実に右脇にいるシュバルツの可聴域に届く声で呟く。実際、彼女がしきりに頭を下げていたのは海舟に向かってだ。
「翠ちゃん!」左脇にいる葵の軽い叱責がシュバルツ越しに飛ぶ。でもそれは姉が不作法な妹を庇う口調でもあった。
「翠ちゃん、いけないよ、そんな言葉遣いは。君だってもう少しすればレディって呼ばれる年頃だろ?」
完爾として白い歯を見せ、シュバルツは翠をたしなめる。たしなめるとは云っても、彼もまた翠のどこまでも少女らしい率直な物云いに好ましさを感じているようだ。
何処までも穏やかで爽やかな彼の表情には誰もが好意を抱かずにはいられないだろう……顔に大きな青痣さえつけていなければ。
「そうよ! そんなことじゃあ、貴女がいつもなりたがっている本当の大和撫子への道が遠のいちゃいますよ」
シュバルツの言葉に芝居がかった調子でウンウンと頷いた葵が言葉を継ぐ。
「……どうせあたしなんかが大和撫子になれるわけないんだもん」
翠はふて腐れたようにプイっと横を向く。期せずして顔を見合わせた葵とシュバルツが互いに微苦笑を浮かべる。
「そんなことはないよ。僕はもう世界の半分くらいは見て回ったけれど、君みたいに、その、元気一杯で可愛い子なんてお目に掛かったこともないよ」
彼女の御機嫌を取るようにシュバルツは礼賛の言葉を連ねる。
「だから、そのなんだっけ? ヤマトナデシコ? 翠ちゃんならきっとなれるよ。 漆のような黒い髪に、日本人形みたいに白くきめ細やかな肌、何より素晴らしいのはその瞳に頂いた……痛っっっっ!」
翠が無言でシュバルツの足をつねりあげている。
「こらっ! 翠ちゃん。あやまりなさい!」
いつの間にか脇に来ていた葵が、翠の膨らんだ頬を突っつき、今度こそ本格的にたしなめた。だが翠は無言のまま、顔も見たくないとばかりにプイっと顔を背けてしまう。代わって口を開いたのはシュバルツの方だ。
「いえ、今のは僕の方の失言でした。どうも済みません」
 そう云うとシュバルツは翠に頭まで下げた。それを見て彼女は一瞬驚いた顔をして、ようやく「……こちらこそ御免なさい」と小声で呟く。
「さあ、これでその一件は手打ちだ」
面白そうにそれまで三人の掛け合いを観察していた海舟がようやく口を開いた。
「それにしてもお前さん、その流暢な日本語はカッテンディーケ教官殿から教わったのかい?」
カッテンディーケとは幕府が設立し、海舟が学舎とした長崎海軍伝習所で教官を務めたオランダ人だ。海舟にとっては恩人でもあり、後にオランダ外相兼海軍大臣にまで登り詰めることになる。
「ええ、基本的に独学でしたが、こちらに来る前に少々お世話になりました。ハッ、そうでした。こちらが今日の本題です」
シュバルツは懐から取り出した書状を海舟の前に滑らす。蝋で封が施されたその書状を開くと、中の便箋にはオランダ語がびっしりと書き綴られていた。海舟にとって懐かしい恩師の筆跡だ。
一通り読み終えると、海舟はつまらなそうな顔をして書状を折り畳む。
「……お前さん、書状の中身については聞いているのかい?」
無言で頷くシュバルツと、大きな溜息を吐き出す海舟。
期せずして舞い降りた沈黙に耐えかねて、翠が割り込む。「中には一体何が書かれていたのですか、殿様?」
「なに、たいした話じゃねぇさ。ちょいと悪戯者がいて、例の、台湾に出兵している馬鹿どもがいるだろう? 連中に武器を売りつけようっていうのさ」
「!」
翠は緊張に身体を強張らせた。
世に云う「征台の役」、台湾出兵である。
これより三年前の明治四年、台湾に漂着した琉球人が現地住民に殺害されるという事件が起こった。当初から清国政府に対して賠償を求めていたものの、外交交渉が不調に終わったため日本政府がこの年、出兵という強硬手段にでたのだ。
しかし、実際には事件から三年も経った今に至ってこの事件を問題化したのは、国内の強硬派の不平不満、特に旧薩摩藩士の憤懣の捌け口にするためである。
英米などの反対で一時は中止と決定されたのだが、西郷隆盛の弟、西郷継道が独断専行でこの年の五月、軍艦四隻とともに台湾に出兵。明治政府としても彼の行動を追認せざるを得ない羽目に陥っていた。
無論海舟は出兵反対の急先鋒だ。その意見が受け入れないと分かると、辞表を叩きつけ、参議の職を放りだしてしまっている。
そして六月となった今も西郷は台湾南部に駐留中であり、日清開戦の危機が迫っていると伝えられていた。
「ま、そっちは曲がりなりにも表のビジネスだから俺もどうこう云うつもりはねぇんだが、問題は連中の裏のビジネスさ。遠征を長引かせようって画策している連中がいるから気を付けろ、だとさ。連中、兵の士気を引き下げ、混乱を長引かせよう、って腹づもりで下級の兵隊連中に阿片を売りつけるつもりらしい」
「殿様っ!」
翠が憤激の叫びを上げる。眦が吊り上がっている。
葵も表面上こそいつもの穏やかな表情を浮かべているが、その裏に湛えられた悲痛の色を、シュバルツは見逃さなかった。
「ハン、こんなこと幕末の頃は日常茶飯事さ。そんなに心配する必要はねぇよ」少女達の心情を慮ってか、海舟はばっさりと切り捨てる。
「あの頃は一歩対応を間違えれば列強と全面戦争に突入しかねない毎日さ。それに商人どもにとって騒動は飯の種だ。生麦事件は知っているだろう? あのとき横浜にいた武器商人どもは英国の軍人連中に全面開戦するように詰め寄ってやがる。実際脅えてはいたんだろうが、最終的には実利優先ってヤツだ。いざ開戦となれば、莫大な需要が見込めるからな。
辛うじて開戦は回避出来た。だが今度はイギリスからの報復を恐れた幕府や薩摩が大量に武器購入する羽目になってな。しかも売り手は当の“日本人の報復を怯えていた”筈の武器商人どもからだ。供給が揃ったところで需要を発生させる。儲けを出すには最高の状況だな」
「だったら、殿様っ!」
冷静に分析する海舟に苛立ちを隠せないように翠が叫ぶ。
「それにアンタっ!」翠の怒りの籠もった冷たい瞳の色で、蔑むようにシュバルツを見つめる。「なんでそんなに美味い儲け話に乗らずに通報してきたわけ? 麻薬の件は兎も角、アンタだって武器商人なんでしょ!?」
「とんでもない!」
シュバルツは大げさな身振りで否定の意を露わにする。
「ボクはこの国と末永く良好な関係を築きたいのです。ドイツにいる頃から僕はこの国に憧れていました。ヨーロッパに輸出された陶磁器や浮世絵に描かれた日本の風景は、僕にとってまさに御伽の国でした。
そして昨日から今日にかけて自分の認識に大きな間違いがあることに気付かされました。この国は御伽の国なんかじゃありません。僕にとっては……夢の国です!」
恍惚とした表情を浮かべて語るシュバルツを、無邪気な笑顔を浮かべた葵の拍手が迎える。複雑な表情を浮かべつつも、なおも疑わしげな口調で翠は問い質す。
「大体なんでそんな重大な案件をうちの殿様に伝えてくるわけ? 政府に直接言えばいいじゃない?」
シュバルツの言い分はこうだ。ここで日本政府に彼らの計画を通報したとしても信じてくれるか定かではないし、信じたところで自分まで連中の仲間と思われかねない。実際仲間割れの末に一方がそれまでの仲間を売ることがままあるからだ。
 それくらいならば自分が確たる証拠を掴み、かつその証拠が参議勝海舟の手で提出されれば流石に政府も本腰を入れるだろうし、通報した自分の功績も揺るぎないだろう。そしてその報酬といってはなんだが、政府関係の物資の輸入に携わらせてくれればきっと日本政府の役に立ってみせる、と。
一応は筋の通ったシュバルツの説明に、翠も不承不承頷かざるを得なかった。


当時の東京における外国人居留地は築地にあった。
幕府が結んだ安政の条約で江戸開市は文久元年(一八六二年)と定められていたが、幕府と攘夷派の対立の激化、物価の極端な高騰で世情も深刻化したため、延期されていた。そうこうするうちに幕府は崩壊。条約は新生明治政府の手により履行されることとなり、明治元年一一月一九日、新暦で云う一八六九年一月一日、東京は外国人に開かれ、外国人居留地として当時海岸にあった大名屋敷跡地が選ばれた。これが築地の始まりだ。


「いつ来てもここは、閑散としているわねー」
築地へと続く赤石話の真ん中まで来ると、葵さまが何故だかか感心したように云う。
夕陽に照らし出されたわたし達の影が、この日本であって日本ではない土地に長く長く伸びる。
鳴り物入りで作られたこの築地居留地だけど、有り体に現状を云ってしまえばガラガラだった。四年前に行われた競売でもなかなか落札者が現れなくて困った、って殿様に伺ったことがある。
いま僅かに建っているのも教会や学校、そして形式ばかりの各国公使館ばかりで、この夕暮れ時になると人も滅多に通りかからない。それでいて道路と敷地ばかりはやたら広いので、ここだけを見ればとても我が国の光景とは思えない。こういうのをアメリカでは“ゴーストタウン”って云うらしい。 
「有り難うございました。もうここまでで結構です。証拠を押さえ次第、殿様の所に御報告に上がらせて頂きますから」
 橋を渡り終えると、ギュンター・フォン・シュバルツと名乗った異国人は葵さまに日本風のお辞儀をして礼を云ってきた。そう、わたしたちは「確実に証拠を押さえたい」という彼の意向で、香港経由の武器や阿片の荷受先に指定された築地の一画へとやってきたのだ。
ほら、本音が出た! とばかりにわたしは捲し立てる。
「ふふん、そうはいかないわよ! アンタ、あたしの目の届かないところで悪事を企もうっていうんでしょ!? そうは問屋が卸さないんだから!」
「あの、翠ちゃん? ここから先は危ないし、そろそろ僕のことを少しは信用してくれてもいいと思うんだけど?」
異国人は剽げた調子で、でも人の好すぎる葵さまなら心を動かしかねない、聴く者に哀れみを催させずにはいられない口調で抗議の声を上げる。
「お断りよっ!」
だけどわたしは鞭を振るうかのような口調で切り返してやる。そして「どんな言葉にも耳を貸すもんか!」とぶんぶんと手足を振り回して、先頭を進んでいくことにする。
「ところで……葵さん?」
異国人は救いを求めるつもりなのか、葵さまに声を掛ける。
「はい、なんでしょう?」
葵さま。そんなヤツに、葵さまのこの世の全ての幸せをかき集めたような笑顔で応えてやる必要なんて無いんです! 思わずわたしはそう叫びたくなる。
「先程から気にはなっていたのですが、手に持っていらっしゃるのは……竹箒ですか?」
「ええ、私、なんだかこれを持っていないと落ちつかなくって。ひょっとして変かしら?」
堪えきれなくなって振り返ると、葵さまはちょっと照れたような笑みを浮かべ、上目遣いに異国人を見やる。
確かにここは曲がりなりにも我が国の文明開化最先端の地。ひょっとしたら、ちょっとだけ、ここ築地にいることが葵さまにとっては似つかわしくないかも知れない。
だけど、この逢魔が時に、西洋風の廃墟で竹箒を手にした巫女装束の少女がいることに、何処か不都合があるって云うの!?
「ひょっとしてその箒で空を飛べたりしませんよね? ブロッケン山の魔女のように」
「まあ、ドイツには空を飛べる箒があるんですか? 凄い凄い!」
好奇心を全身で表すように、葵さまは身体を小さくぴょんぴょんと飛び跳ねさせる。
その光景に目眩でも起こしたのか、異国人はこめかみに指をあててしまう。
……その罪、万死に値する!
「アンタ! 毛唐の分際で何か葵さまに云いたいことでもあるわけ!?」
「……あはっはっはっ、翠ちゃん、なにかな〜、これは?」
喉元に突きつけてやった鉄身の冷たい感触に、異国人は額から冷や汗を垂らしながら問い返してきた。
一尺五寸ほどの長さの棒身下部には角鈎、柄には唐草彫り。最下部に朱色の房をつけたこの武具は“十手”と呼ばれている。
江戸の町方が捕り物の際に実際に仕様していた武具だ。
「吉宗公直々の命で編まれた江戸町方十手術。その免許皆伝の腕前、味わってみたい?」
「…………いえ、遠慮させていただきますです、はい」
精一杯背伸びした艶やかな声で云ってやったわたしに、異国人は力無く首を振った。
(続く)


と、長くなりましたが第一章中盤まででした。読んで頂いた方、どうも有り難うございましたm(_)m
で、読んで頂ければ分かるように、ぶっちゃけ非常に読みづらい。自分の文章が下手なのもあるのですが、明治物、しかも歴史考証だけは凝りまくった結果、歴史の部分の説明が物語の進行を切るほど長くなってしまうのですね。
一方、小説形態ではありませんが、クララの日記を読んでいると、当初は日本に対して殆ど無知なため、どんどん知識を獲得していくわけですが、その過程が実に自然に書かれている。いや、本当の記録なんだから、当たり前といえば当たり前なんですけどねw。
というわけで、超訳日記を書き出してからは、小説の方の欠点が特に目立つようになってしまい、今回の小説はボツに。
本物の歴史小説執筆に切り替えるなら実は容易なのですが、自分が書きたいのは「ラノベをメインで読む世代」に「当時の、そして江戸期から連綿と続く時代」のより真実に近い姿を知って貰いつつ、物語も同時に楽しんで貰う、というのが目的ですからね。
で、現在考えているのは「タイムスリップ(類似)物の形式を取って、海舟やクララ、逸子たちをメイン脇役に添えた物語」な訳ですが、物語の骨子は既に決めているのですが、主人公をどうしようかと。
アイディアは大まかに分けて2つ。ぶっちゃけタイムスリップ(類似)する主人公を「ツンデレサムライガール(ヲイ)」にするか「熱血暑苦し苦悩系男子w」にするか、だけなんですけどね(笑)。
でも実際構成してみると、物語のテーマそのものが主人公の性別で変わってしまいそうなので思案中。Fateが原型のヒロイン主人公だった場合と、今の衛宮士郎の場合と同じくらい変わりそうなので(物語骨子は同じなのに)。とりあえず、もう少し形になったら公開して反応頂きたいですので、その際には宜しくお願いしますm(_)m。


と云った所で、今週も最後までお付き合い下さった方、有り難うございましたm(_)m。
最後まで読んで頂けた方、拍手ボタンだけでも押して頂ければ幸いです。それとご意見・ご感想、質問等も随時募集中ですのでお気軽に拍手で。