Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

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クララの明治日記 超訳版第36回−8

1877年11月30日 金曜日
十一月の最後の日、そして上野の博覧会の最終日だ。
ウィリイが、母とお逸と私を博覧会に連れて行くのに、ぎりぎりに帰ってきた。
博覧会場へ行く道の両側には、天皇陛下のお通りを拝もうと待っている群衆が並んでいた。
私たちは会場の入口近くまで進んで、そこで車を降りて、何事が始まるかを見ることにした。
私たちは前列にいて、警官が群衆を整理しようと必至になっている姿や、前を行く立派な馬車を見ていた。
外国の公使は、殆ど全員そこに集まっていた。
金モール、端を捲き上げた帽子、羽根飾り、といった装束で身を固めて。
参議の伊藤博文氏、内務卿の大久保利通氏、その他の日本の高官たちの次に我が国の公使、ジョン・A・ビンガム氏がスティーヴンズ書記官と通訳のタムソン氏を従えて乗りつけて来られた。
毛皮の裏のついたコートに山高帽のピンガム公使は、金モールをつけ、拍車のついた長靴を履き、兜をかぶった他の国の公使に少しもひけを取らない堂々とした姿であった。
その次には騎馬兵を護衛に従えたハリー・パークス卿と、書記官と通訳が来られた。この三人は一見そっくりだったけれど、卿が一番沢山飾りをつけておられた。
「ビンガム公使も立派に見えるが、自分はやっぱり金モールが好きだな」
あるアメリカ人がそういうので、私は「合衆国万歳!」と返した。
ロシア、ドイツ、フランス、オーストリア公使がそれぞれ正装してその後に続いた。
ロシア公使だけは、我が国の公使のように地味な服装だった。
シーボルト男爵と一緒に来られたオーストリア公使は若い方で、騎士の鎧に兜を被り、腰には長い刀を下げておられた。
しかし、あっちこっち動き回って命令を下すときに、この剣がガチャガチャと大きな音を立てて少々滑稽であった。
自分の凛々しい姿を見せびらかしたかったのだろう。


段々混雑がひどくなってきたので、私たちも中に入ることにした。
制服を着ている人だけが正面入口から入ることができて、後の人は横の入口から入ることになっていた。
恵まれた人たちが乗りつけては車を降り、両側に並んでお辞儀をしている役人の間を通って入って行くのを見ていると、結婚衣装を纏った人だけが入口の番をしている天使に迎えられて入って行くことのできる天国のようだ、と私は思った。
ただし。天国には横の入口はない。
中に入って少し歩き回ってから、天皇が演説なさる天幕の中がよく見える柵の所に陣取った。
私たちの選んだのはとてもよい位置で、両陛下のお掛けになる金の椅子がよく見えた。
モリスタウン出身のチャップリン氏も居合わせて、私たちはいろいろ話し合った。
急に展開が騒がしくなった。
美術館の前の天幕に向かって、天皇陛下とお伴の人々が、立派な馬車に乗って進んで来られたのだ。
陛下は車から降りられ、壇の方に進まれると、人々は一斉に脱帽した。
その時に、後ろの方から群衆がどっと押してきた。
みんな何とかして人目陛下を拝もうと必死になっていたのだ。
華奢な柵は倒れてしまい、女一人と子供一人が投げ倒された。
警官は夢中になって叫びながら群衆を制止しようとして警棒を振り回す。
だけど、それは何の役にも立たなかった。
チャップリン氏とウィリイがいなかったら、母も、お逸も、私も、あの女の人や子供たちと同じ目に遭うところだった。
二人が強い腕と肩でもって、群衆を押し止めてくれたのだ。
ようやく秩序が回復されたので、私たちはじっとしていた。
陛下はこの構内にあるおうち――素晴らしい日本式の家で、美しい屏風や骨董品が一杯置いてある――の方に昼食を取りに行かれるところだった。
陛下は天幕からお出ましになり、私たちの真ん前をお通りになった。
手を伸ばせば触れるほどの距離。
数人の偉いお役人が陛下の周りにいたけれど、その真ん中にあって、誰よりも背の高い陛下は一人で歩いて行かれた。
金の縫取りのある軍服に、白いズボンという出で立ち。
天子様がお通りになると、みんなは帽子を脱いでお辞儀をした。
お逸も、両陛下がお通りになる時には、愛国心の強い女性らしく、深々と頭を下げた。
皇后様と侍女たちは絹サテンの赤、白、紫、緑などの美しい衣装を召され、髪は後ろに垂らして、白い紙で結んであった。
背の高い外国の使臣や日本人の役人の間では皇后様や侍女は子供のように小さく見えた。
固い赤い袴は外国のスカートのようだった。
天皇は私たちのすぐそばで足を止められて、外国の公使たちにお辞儀をされたので、私たちは嬉しくなってしまった。
陛下が脱帽された。
口ひげを残し、あとは綺麗に剃っておられ、髪も短く切っておられた。
若い日本人によいお手本を示しておられると思った。
両陛下とお伴が到着されると、テントの中に陣取っている楽隊が演奏を始めた。
それが終わると、日本の笙の楽隊がその悲しい啼くようなメロディを奏で始めた。時には苦痛に喘ぐ動物の啼き声のようだった。
群衆は両陛下の一行の後からついて行こうとして、どっと前進してきたけれど、警官がこれを制止して、絹の縄で囲った狭い場所に押し込めた。
私たちは外国人ということで、一番良い席を与えられた。
私たちと一緒にいたのは、チャップリン氏の他にスコット夫妻と、レーシー氏と、ミス・ワシントンと、もう一人私の知らない青年であった。
しかしそのうちに、ずっと遠くの方にヴィーダー夫人や、ジェニーにガシー、ルース・クラーク(私は初めイービー夫人と間違えた)その他の方たちが見えた。
でも、私たちはその人たちの方へは行けなかったし、あちらも私たちの方へ来ることは出来なかった。
私たちは、規則を破る気はなかったので、警官たちの云うとおりにしておいたから、彼らは喜んでいる様子だった。
「こっちにいるのは“大人しい外国人”だからそっとしておけ。あっちの方の云うことをきかない外国人をとっちめろ」
そんなことを云っているのが聞こえてきた。
日本人の下っ端役人の正装は実に滑稽だ。
ズボン吊りをつけていないので、燕尾服の前と、ズボンの間が広く開いていて、そこに一丈もある白か青の縮緬の帯を、体にぐるぐる捲きつけている。
シルクハットは絶対不可欠だけど、大体大き過ぎて重過ぎるので、ひどく被り心地が悪そう。
しかし、シルクハットは大変大事にされている。
チャップリン氏から聞いた面白い話がある。
ある日本人の青年が来て「外国人に笑われないような洋服を買うのを手伝って欲しい」と頼んできたそうだ。
青年はシルクハットも欲しかったのだけれど、高くて手が出ないと思い込んでいた。
「一個五ドルくらいしかしないよ」
チャップリン氏がそう云ったら驚いていたそうだ。安くても二十ドルはすると思い込んでいたらしい。
ちなみに、こういう帽子は一週いくらで貸す店がある。スーツの貸衣装もだ。
しかしその結果、小柄の人には大きいスーツが渡ったり、背の高い人に短いのが渡ったりすることが時々ある。
八つか十ぐらいの小さい男の子が、礼服の上着にシルクハット、白の皮手袋からステッキまで完全に揃った出で立ちで、姿勢を崩すまいと必死になってシルクハットの重みに堪えている姿が見えた。
私たちの若い友人で、押しの強い「アラパカ」さんはベルト付きのオーバーに山高帽を被っていたが、私はその兄弟に紹介される光栄に浴した。
花火は陛下の天幕前の凹地で、夕暮れになってから打ち上げられた。
天子様やお役人が重要な展示物に火が付くことを心配されたために、ロケットの打ち上げは許可されなかった。それは賢明なことだったと思う。
しかし私たちは丘の上って、赤と白の提灯に照らし出されている全景を見渡すことが出来た。
なんとも素晴らしい光景。
無数に吊された提灯は様々な姿をしていた。
富士山の輪郭をしたもの、菊の花を象ったものなど、入口のアーチや提灯は花に覆われており、その上に白い菊の花で「大日本」と書いてあった。


ウィリイが花園町の牧山先生の綺麗なおうちに立ち寄ったところ、先生は私たちを、池に面したお茶屋に紹介して下さったのだけれど、そこから花火が実によく見えた。
私たちが案内された二階の部屋には、大勢の日本人が宴を開いていた。
みんな酒を一杯並べてある小さいテーブル――脚のついたお盆のようなもの――の前に、座布団の上に腕組みして坐っていた。
私たちが入って行くと、みんなは黙ってお辞儀をしたが、そのまま坐っていた。
ただ一人だけ車座の端に坐っていた怖い顔の異様な身なりの男だけが、私たちをどうしても上座に坐らせようとしていた。
吊り上がった目、剃り落とした眉、異様な髪や素早い身のこなし。
後になって、彼が役者だということが分かった。
この上なく優しい顔をしたご老人の秋山先生は、私たちのそばにお坐りになった。
どういうわけか、先生は私と話をなさりたいらしく、絶えず私に話しかけられる。
先生が口を開かれると、他の人たちは喋ったり笑ったりしているのをばったりとやめて、私の答えを聞こうと待ち構えているので、私は固くなってしまう。
というのも、先生のお使いになる言葉は、丁重な格調高い難しい言葉なのだ。
私は分かるには分かるのだけど、自分のお粗末な口語で答えるのが気が引けてしまう。
先生は私に酒を勧められたが、家では禁酒なのでお断りしなければならなかった。
代わりに水を注文して下さった。
そのうち私たちは、この奇妙な集団の中に解け込んでいき、役者が冗談を飛ばすと、誰にも負けない大きな声を出して笑った。
開け放たれた座敷から見える光景は美しかった。
真ん中に池があって、その中央に花火を打ち上げる小舟があり、岸には一面に白や赤の提灯が、奇妙な形に並んでいる。
空は曇っていたので、明かりが一段とくっきり見えた。
私たちの後ろには上野の森に一面に赤い光が見えて、本当に御伽の国のよう。
やがて宴会をしている人たちと別れてそこを出た。この人たちは私たちのいる間中、遠慮して食べるのを止めていたのだ。
私たちの人力車は姿を消してしまっていたので、メガネ橋まで歩かなければならなかった。
母が足を滑らせて、どぶに落ちてしまい、私は気が動転するばかりだった。
ウィリイは母を抱えて、人力車の所まで連れて行ったのだけど、母の気を失った真っ青な顔を見た時の私の恐怖は、なんと言い表してよいか分からない。