Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

Fate雑記(士凛特化)&血だまりスケッチ こと 魔法少女まどか☆マギカ観測所

クララの明治日記 超訳版第49回−2

1878年6月11日 火曜日 
森夫人が訪ねて来られ、楽しい話し合いができた。
「永田町にある我が家の持ち家に入りませんか?」
二、三日前に富田氏から聞いていた話を、正式に申し入れをされた。
私たちは神様に私たちの住むべき家を選んで下さるようにお祈りしていたので、夫人の申し入れを受けることにした。
「狭苦しい汚い家で大変恐縮なのですが」
森夫人が繰り返しそう云われるので、その家を見ていない私たちは気が滅入ってしまった。
でも、ウィリイは実は偶然その家を見たことがあるそうだ。
その報告は悲観的なものだった――小さくて、通りに近く、隣に石鹸工場があるという。
到底我慢できないのではないかと思った。
しかし健康に適した地域ではあるし、後は神様にお任せすることにした。
家賃としては私が森夫人にピアノを教えるということであった。
夫人は、イタリア公使館の秘書をしている中村氏から、新しいピアノを買ったところである。
私はピアノが大好きだから、この条件は大歓迎だ。最近はオルガンを弾く機会の方が多いのだけれど。
森氏は母に何人かの新しい学生を寄越して下さるとも仰った。
これによって、私たちは十分暮らせるはずである。
私たちの課題は、父のために然るべき職業を見つけることだ。
父は当てもなく家の中を、あっちこっちとうろうろするので、私たちみんなの邪魔になる。


今晩はYMCAの親睦会に行ったが、余興がとても面白かった。
私たちは早く行ったので、ずっと前の方に陣取った。
ジュエット氏とディクソン氏が並んで立っていて、そのうちに私たちに気付いてお辞儀をしてくれた。
ジュエット氏が近づいて来て私の隣に腰掛け、ディクソン氏も負けじとばかりに母のすぐ隣の席に腰掛けた。
ジュエット氏はまず母と握手をし、あと順々に握手された。
するとディクソン氏も同じ事をした。
ディクソン氏は本当に一々、ジュエット氏のなさる通りの真似をした。まるで物真似師のよう。
ようやく会が始まった。
最初の出し物はディクソン氏によるディケンズ作品の朗読。
大騒動の話で、中心人物のジョン・ウィロットは滑稽な人物である。
次にミス・コラスが「三艘の船」と題する可愛い歌を歌った。その折り返しの文句は次の通りである。
「男は働き、女は泣かなければならない故に」
素晴らしく美しい茶色のコートと、これによく似合う帽子を被ったミス・マクニールが、イタリア人の子供の歌手によって、信仰のない人が改宗するという話を読んだ。
次にパイパー夫人が、お得意の「聖教徒の上陸」と題する、フェリシア・ヒーマンズ作の歌を歌った。
とても綺麗な歌だった。
けれど、ハイパー夫人の声は音量は良いが嗄れた声で気に入らない。
お茶とお菓子が出た後で、ジュエット氏がディケンズの『ジョーの死』を朗読した。
それが終わって「海の貝殻」と題する歌をワット氏が印象的に歌った。
お茶とお菓子のお代わりが済むと、しぱらく中休みがあり、この間ディクソン氏とジュエット氏は何かこそこそと立ち回っておられた。
と、再開される前に。ディクソン氏が、私の方をチラリと見た。
『歌を歌って下さいませんか?』
そう云われるのではないかとびくびくしていたけれど、幸い指名されなかった。
「やれやれ、助かった」
そう小さく呟いた途端に、ディクソン氏が本を開き、演壇から真っ直ぐ私の方に歩いて来た。
私はすっかり慌ててしまった。私の命もこれまでかと思った。
(私は知らない間に本当に歌うと約束してしまっていて、彼の手に持っているプログラムに私の名前が載っているのではないか!?)
いや、そんな記憶は全くないのだけれど。
ところがディクソン氏はその本を私に渡し、皆に聞こえるような大きな声で突然云った。
「ミス・ホイットニー、この歌を一緒に歌ってください!」
それから皆の方に向いて、歌の題を云い、残念ながら本はもうないが、と断った。
そしてオルガンのところに戻って行き、ジュエット氏の伴奏で歌い始めた。
私はこっそりその本をミス・エルドレッドに渡した。
彼女はその歌を知っているけれど、私は知らないのである。
ハフェンデン氏が、ヴァーベック夫人に本を渡しておられるのが見えた。
しかし、ヴァーベック夫人は絶対に歌は歌わないのだ。
それにしてもこんなに大勢歌の上手な人が集まっている中で、何故私なんかをわざわざ指名したのだろう?
私には全く分からない。特別の好意を私に示されたかったというのだろうか?
礼拝の賛美歌をリードするミス・エルドレッドやトルー夫人や、ミス・ヤングマンにミス・ギューリック、それにかなり力強く歌う、ハイパー夫人やミス・コラスなどもいたのだ。
ディクソン氏が私に本を渡された時に、ガシーが意地悪い顔をちらっと私の方に向けた。
私はできるだけ大きい声を出して歌った。
けれど、ミス・エルドレッドのラッパのような賛美歌の声に比べると、小さい鐘の音のようだった。
帰り際、階段を下りて行く時に母が先に行き、私はまだ階段の途中にいたところ、ディクソン氏は急いで私に手を貸そうとして、母を見過ごしてしまったことに気づき、階段の下か途中まで手を伸ばすような格好になってしまった。
「今日はとても楽しゅうございましたわ」
お別れに際、私が彼にそう云うと、彼はこう返した。
「あなたが来て下さったので、楽しい会になりました」
こんなことを日記に書いているのは、将来小説を書くときに役立つかも知れないと思うからである。
というのは『トリビューン』紙上で読んだのだけれど『若草物語』の作者、オールコットは十歳の時から日記をつけていて、各巻千頁以上の日記帳が七十七巻もあるそうだ。
もっとも次のようにも書かれているのだけれど。
『しかし困ったことに索引がないので、一番良い箇所が何処に入っているのか分からないのである』
やれやれ、私もつまらない女だ。
またラブレターを貰ってしまった。
母に渡し、母が読んだ。
私はラブレターは自分で開封しないで、母に渡すことにしているし、今後もそうするつもりだ。